地域猫政策のゴールは 殺処分ゼロではなく、地域猫ゼロ。

アメリカ,動物愛護,獣医療・ペット

昔はみんなノラ猫だった

今から30年以上前のこと。
私は日高の牧場で、短期間の実習およびアルバイトをしていた。
季節は秋。

1人で牛舎の掃除をしていたら、ワラの上に、小さな小さな1匹の子猫の死体を発見した。
今から思えば、多分生後2週齢くらいだろうか。目が開きかけたキジ猫だった。
死体に損傷はなく、冷たくなっていたが死後そんなに経っていなかったと思う。

あわてて牧場のおじさんに死体を見せると、彼はまっすぐに私を見下ろして言った。

「春ごはそだづ。秋ごはそだたん。」

春子、すなわち春に生まれた子猫はちゃんと育つんだよ。
でも、秋子、秋に生まれた子猫は、育つことなく死ぬんだよ。

牧場経営をしている彼が、獣医学生の私に教えてくれた「猫論」だった。

牛舎には何匹かのノラ猫が住みついて、ミルクのおこぼれをあさり、ちょっとだけ餌をもらい、納屋で暖をとりながら、寒い冬を乗り切っていた。
でもこの時期に生まれる子猫たちは、寒さを乗り切るのが難しかったのだろう。

おじさんは子猫の死体を私から受け取ると、背中を向けて歩きだした。
彼は歩きながら手のひらの中の子猫に向かって、「今度は春に生まれてこいよ」と、ぼそっと呟いたのが聞こえた。
当時、牛舎に住めるノラ猫たちは、まだ幸せなほうだったのかもしれない。

地域猫という言葉さえもなかった当時は、ノラ猫たちは自ら、餌のありそうな場所を探し、寒さをしのげる場所を探し、それでも定期的に出産し、そして子猫も親猫も、長生きすることなく死んでいった。

当時はそういう時代だった。

地域猫政策の理由

平成13年に東京都が「飼い主のいない猫との共生プラン」を発表実施した頃から、日本では行政が積極的に関わって、地域猫政策が推進されてきてきた。

ノラ猫を捕獲し、不妊去勢手術をする。子猫を作らない。
給餌する人は、継続的な給餌と同時に、ゴミや排泄物の処理も行う。
猫が暑さ寒さをしのげる場所も提供する。
地域の住民に説明し、地域猫として共生する意図を理解してもらう。

といった細かいルールも作られた。

この政策がとりいれられた理由は、「センターでの殺処分数を減らす」ためであった。

各自治体のセンターに持ち込まれ殺処分される犬猫のうち、大多数が「子猫」である。
ノラ猫が産み落とす子猫を何とか減らそう。
そのため、TNR(捕獲―不妊去勢―もどす)を普及させよう。
そして現在、確かに環境省が発表している統計報告によると、子猫の殺処分数は年々減少してきている。

行政、愛護団体、獣医師、関係者の取り組みが功をなしてきたと言えよう。

殺処分数の減少は、地域猫政策の効果か

ただ、TNRや地域猫政策が、殺処分数に実際にどれだけの効果があるのかについては、実は海外でも意見が分かれている。

地域のすべてのノラ猫を捕獲して不妊去勢手術できない場合が多いし、また島でもない限り、近郊から新しい個体が随時やってくる。

統計を調べても広範囲になるほど、データ収取に誤差が出るし、科学的に証明するのは難しい。実際、どの調査も結果にばらつきがある。効果ありから効果なしまで、様々だ。
全個体にGPSなりマイクロチップなりをつけない限り、どこに移動し、何年生存し、いつどこで死亡したということがわからない。

「実際に私の住む自治体での殺処分数が低下しています、それが何より証拠です」という人の声も聞く。

おそらく日本では、ノラ猫の数も出生子猫の数も減っていると思われるが、子猫を救済するミルクボランテイア数も同時に増加している。
自治体が「センターで引き取ってもおそらく殺処分になるか、死んでしまうので、ご自分で何とかミルクで育ててみてください」と言い、引き取り拒否をしているのならば、それもデータに含めなくては、本当の猫の数を反映しているとは言い難い。

実際には、ミルクボラの普及が、殺処分ゼロに大きく貢献していると私は想像する。

多くの専門家は、「地域猫政策はきちんとやれば効果はある」と見解を出している。自分もそう感じている。

すなわち、定期的にTNRを繰り返して繁殖を予防し、さらに外部からの侵入や、新しく捨てられる飼い猫を予防し、飼い猫が産み落とす子猫も予防する。

TNRを1回やっただけでは、効果は期待できない。

地域の飼い猫の不妊去勢手術の徹底もそうだ。
崖がある、大きな河がある、などで外部からの猫の移動が制限される地域は、好結果が出やすい。
その地域の夏や冬の気候、地理、近郊住人や農家の意識の高さ、協力度など、様々なことが地域猫政策の結果を左右していると感じている。

地域猫政策は、まだ発展途中

殺処分減少のために推進されてきた地域猫政策。

私は、TNRに賛成であるし、地域猫政策がノラ猫の福祉を向上させてきた、と言う事実に異論はない。
ただ、現在殺処分数が減っているからといって、今までの方法のままでいいとは思っていない。

今の地域猫には様々な問題がある。

今まで、ボランテイアさんたちが大変な努力をして、ノラ猫の福祉のために汗を流し、センター職員も、地域の協力獣医師も、獣医師会も、愛護団体も、協力して努力してきたのを知っている。
決してそれを否定しているのではない。その努力を大いにねぎらいたい。

だがそろそろ、次のゴールを真剣に考えなくてはいけない時だと思っている。
次の地域猫のゴール。それは、「地域猫ゼロ」だ。

地域猫とTNRの問題点

時代を経て、ノラ猫が地域猫となった。
不妊去勢手術され、耳が少しカットされ、毎日給餌する世話人がつくようになった。
確かにノラ猫の福祉は向上した。
だが、今の地域猫の現状は、誰もが歓迎、満足する状態とは言えないのだ。
地域猫に関する問題点に関しては、アメリカでも特に科学的なデータを集め、積極的に討論されている。

主として、現在の地域猫には、以下のような問題があると指摘されている。

地域猫の問題
・不妊去勢手術、給餌、世話をされていても、やはり外で生活する猫は過酷である。
・寒暖雨風の環境での、過酷な生活。
・伝染病、交通事故、野生動物などに捕食される問題。
・人への伝染病、寄生虫の媒介する可能性。
・人への咬傷、危害。
・野生動物、野鳥への危害。猫は遊びで捕獲、捕食をする習性がある。
・場所によっては、貴重野生動物種、野鳥の人口減少への危惧。
・地域猫へ虐待する人の存在。暴力、ネグレクト、毒殺、他。
・近郊住人への迷惑。猫が他人の敷地内で排泄する。あるいは猫アレルギーの人の懸念。
・近所迷惑。猫が自分の敷地内を歩いただけで迷惑と感じる人もいる

もちろん、地域猫への暴力、毒餌は、動物虐待という犯罪である。しかし、違法行為だからやめてください、だけでは解決にならないのは明確だ。

解決の糸口

では、これらの諸問題を解決する方法は何か?

それは、今すぐではなくても、将来的に地域猫がいなくなること。

すべての猫が、室内で飼われれば、これらの問題が解決できるはずだ。
猫の愛誤派の中には、自分の精神的な満足のために給餌を続ける人もいるが、それは問題外。過酷な環境で暮らす地域猫は、将来はいなくなり、すべての猫が室内で安全に飼われることが理想だ。

実際にアメリカのいくつかの自治体では、猫擁護派だけではなく、猫嫌い派の人にも公平になるように、以下のような方針を出すように変わってきている。

1.貴重野生小動物、昆虫、野鳥が存在し、環境保護、自然保護の立場から守る地区では、地域猫そのものを全面禁止している。
2.飼い猫は、すべて室内で飼い、外に出る場合は、リードで散歩だけ。自由に放さないと規定する。
3.飼い猫は、特別の許可がない限り(繁殖許可証)、繁殖禁止、不妊去勢手術の義務化。
4.低所得者等に、無料不妊去勢手術の実施。低料金不妊去勢クリニックの存在。(TNRだけではなく、飼い犬、飼い猫のための低料金クリニック)
5.人に順応している猫および子猫は、地域猫ではなく、譲渡して室内の猫にする。安易に地域猫にすることを禁止。
6.地域猫へのマイクロチップの装着を義務化。
7.各地域猫が世話をする世話人を明確にし、自治体に届け出ることを義務化。
8.敷地内に排便歯に尿を行う、あるいは敷地内を歩いた、ということで苦情を申し立てる住人に対しては、猫を捕獲し、行政に連れてきてもらうか、あるいはアニマルコントールオフィサーが捕獲し自治体で一時保護。世話人に通達。
9.マイクロチップで地域猫の世話人が判明した後、苦情を申し立てた住人がいることを世話人に告げ、当事者で問題解決するように促す。説明して納得してもらうか、そうではない場合は、他の地域に猫を移す、あるいは安楽死するといった解決方法を考える。

9であるが、地域猫を世話する限り、近所の住人にきちんと説明し、理解納得してもらうのが原則というスタンスが強くなってきている。
うるさい住人が近くにいる限り、その人は地域猫を飼い続けることは難しく、次は猫の虐待や毒、ガンでの射殺から、ひどい場合は世話人の人への殺傷事件にもなりうるので、シビアだ。

近所に1人でも猫嫌いな人がいれば、地域猫が行政に連れていかれる可能性がある、ということだ。
餌をやる世話人が、猫の行動範囲の近所の人皆に説明し、理解を求めなくてはならない。
行政が勧告しても、近所の人とのいざこざを解決できない世話人には、「あなたは地域猫を飼う資格がない」ということで、世話人リストから削除する。

日本でも、「地域猫への虐待は犯罪です!」と叫ぶだけではなく、摩擦が起こらない予防策を積極的に取り入れるべきと感じている。

アメリカの場合、苦情をいう住民がいる場合は、民家から離れた工場や、工事の跡地、空き地や駐車場跡など、土地の所有者に説明して事情を話し、そこに地域猫を移して通いの世話をするというのが一つの解決方法だ。

マイクロチップが入っていないノラ猫に餌だけ与えている場合は、行政に連れてこられた場合、譲渡募集か安楽死という運命になる。

また、すべての飼い猫を室内で、というルールに関しては、「日本は昔から、猫は自由に出入りして飼う文化があるので」という声を多く聞く。
日本ばかりではなない。アメリカも、欧州も、世界中の猫は、昔は家の中と外を自由に行き来して暮らしてきた。
でも特に都会、住宅街では、それが難しくなってきている。

これだけ多くの猫の不審死、毒殺、虐待のニュースを聞く現在、猫の安全と福祉のためにも、室内飼いが一般化している。

獣医の専門医たちも、「猫の環境エンリッチメント」というのを研究し、猫が完全室内で満たされて過ごす方法が、今ではきちんと研究、発表されている。

飼い猫の室内飼いと不妊去勢手術の普及は、地域猫政策と一体となった政策なのだ。

地域猫の未来

以上のように、地域猫の世話人にも多くの責任と義務を課しだしているのが、最近のアメリカの傾向だ。
それでも問題は多く、なかなかスムーズに解決はできていない。虐待事件も多々起こっている。まだまだ先は長い。

しかし、地域猫の世話人の中には、しっかりと近所の住人を説得している人も多々いる。
例えばある世話人は、嫌がる隣人に、「お願いです。5年ください。それまでみんな、天寿を全うし、猫は全部いなくなります」と話し責任をもって世話をしている。
期間限定ならば、住人も何とかガマンできるし、協力もしましょう、ということだ。

個人的には、外猫がいない街は淋しいし、昔をなつかしく思う。
できれば、すべての人が、何の罪もないのんびり歩く猫を、大きな気持ちで見守る世の中がいいと思う。

だがもう時代が違うのだ。

猫のためにも、猫は安全な室内で暮らすべきなのだ。

殺処分数をここまで減らし、地域猫をここまで推進した、日本の関係者を心から敬服する。

そして次は、地域猫ゼロ。

地域猫がゼロになり、遺棄もゼロ。逃亡迷子はみんなリターンになる日。

虐殺も、不審死も、交通事故も、ロードキルもなくなる日。

その時が本当の意味での、殺処分ゼロの達成の日だ。