Yes バージニア、サンタクロースは存在します

アメリカ,人生・生活,動物愛護

サンタクロースは実在するという新聞コラム

クリスマスになると、アメリカで必ず話題になる、素敵なエピソードがある。
有名なので、ご存じの方も多いと思うが、
「Yes, Virginia, there is a Santa Claus 」というものだ。
以前も自身のSNSで紹介したが、とても考えさせられる話なので、改めて皆さんに紹介したい。

そもそもアメリカの子供たちは、みんな、子供の時はサンタクロースが本当にいると教えられ、それを信じながら育つ。

私の勤めるロサンゼルス市内の動物病院は、獣医師、看護師、受け付けなど総勢20人以上のアメリカ人が勤務している。
先日、「サンタクロースが本当にいるって、何歳まで信じていた?」という話題になった。
「小学校の4年生くらいだったかなあ」
「え~、私は悪いお兄ちゃんがいて、彼に夢を壊された。小学校1年の冬までだったわ。超ショックだった。」
「私は中学校2年まで実在すると固く信じてたわよ。」
などと、盛り上がっていた。
そう、アメリカでは、子供は皆、サンタクロースが本当に存在し、イブの夜にやってくると両親から教えられる。

寝てしまった後、なぜか彼は煙突から入ってきて(煙突のない家も多いけどそこは誤魔化されている)、室内に装飾したクリスマスツリーの下に、プレゼントをそっと置いていって去るのだ。
ただし、1年間、いい子だったら、である。
いい子じゃなかった子には、サンタクロースはプレゼントを持ってこないという。

12月24日の夜、ベッドに入る前に、今夜遅く来るサンタクロースのために、コップ1杯のミルクと、3枚のクッキーをテーブルの上に置いておく、という風習も守られている。
両親は、「サンタさん、配達ご苦労様、っていう感謝の気持ちを込めて、ここに置いておきましょうね」と子供に言うのだ。
イブの深夜に来るサンタクロースのために、クリスマスイブは、どの家庭でもお母さんが自家製のクッキーを焼くのだ。
どの家庭でも、子供と一緒にクッキーのタネをまとめながら、「サンタさんには特別に大きなのを焼きましょう」とか言って場を盛り上げるのだ。
私はクッキーを焼くのが面倒だったから、ある年は、おにぎり3個とお茶をテーブルの上に用意し、子供たちに「わが家は日系家族だから、これでもいいの。サンタさんも時には、クッキー以外のものを食べたいかもしれないでしょ」と納得させた。

子供は、ベッドに入っても、ドキドキしてすぐには眠れない。
あの時、ちょっと悪い子だったから、サンタは来てくれないかもしれない。あんまり勉強しなかったから、プレゼントはないかもしれない。。
そう心配しながら、いつしか深い眠りにつく。

12月25日の朝、目が覚めると真っ先にクリスマスツリーのところに飛んで行く。
そこには、赤い紙に包まれたプレゼントがちゃんとあるのだ。
両親は、「あら、サンタさん、来てくれたみたいだね、Merry Christmas」と言ってとぼける。
パジャマを着たまま、子供は紙をビリビリ破いて、プレゼントを開けて喜ぶ。
テーブルの上のコップのミルクは、半分くらいに減っていて、またクッキーも、かじりかけのが半分くらいお皿の上に残り、食べかすがテーブルの上散らばっている。
母親は、「サンタさん、お行儀悪いわね」と言いながら、子供の前でテーブルをナプキンで拭くのだ。
子供は、「サンタさん、きっと急いでいたんだよ。だって世界中の子供たちに一晩でプレゼントを配達するんだからね」と言う。

これが、典型的なアメリカのクリスマスの朝なのだ。
家族ぐるみで、サンタクロースが存在するという演技をしながら、子供は育っていくのだ。

サンタクロースなんか存在しないよ、と友達に言われたバージニア


これは、昔実際にあった実話。

1897年、ニューヨークに住む8才の少女が、友達に、「サンタクロースなんて実在しないよ」と言われる。
彼女の名前は、バージニア。
バージニアは、ショックを受けて、サンタは本当にいるのかいないのか、両親に聞いたそうだ。
すると父親が、「じゃあその質問を、新聞社にしてみたらどう?」と言ったそうだ。

ニューヨーク・サンという大きな新聞社に、バージニアは直接、一通の質問のはがきを書いて送ったという。
「本当のことを教えてください。本当に、サンタクロースなんて、実在しないのでしょうか?」

子供の質問に対して、新聞の編集者が返答し、新聞のコラム欄に掲載した。
「Yes, バージニア、サンタクロースは実在します」
このフレーズで始まる回答は、バージニアや、当時のニューヨークの人々だけではなく、何とその後100年以上も全米で語り継がれるようになるのだった。

Yes Virginia. There is a Santa Claus

ニューヨーク・サンの編集部のFrancis Pharcellus Church は、バージニアの質問に対してこう回答した。

この世には、実際に目に見えなくても、でも確実に存在しているものが、たくさんあります。
愛、人を許す心、一生懸命尽くす気持ち。
どれも実際には見えません。
でも、これらは確実に存在し、それが人生をすばらしいものにしています。
世の中には、実際に目に見えるものしか存在しない、そして、目に見える物しか信じない、というのは間違ったことです。
サンタクロースを実際に見たことがないから、サンタクロースなんいないと結論してはいけません。
見えなくても実在するものが、この世にたくさんあるように、サンタクロースはずっとずっと前から存在しています。
そして子供たちの心の中に、永遠に生き続けます。

目に見えないものに価値を


私は、この話を、コロナ禍を経験した今だからこそ、もう一度かみしめて考えるべきではなかと感じている。

この2年間、私たちがコロナから学んだこと。
洋服、宝石、高級時計、車、バッグ、靴。。。。
目に見える「物」にお金をかける必要がなくなった。
職場、友達、恩師、後輩、旧友。。人と会って話す、一緒に食事する、一緒に飲む、といったこと、すなわち一緒の「時間」さえも少なくなってしまった。

だからこそ、共有する時間をもっともっと尊重しなくてはならないのではないか。

SNS、ズーム、遠隔授業、遠隔診療。。新しい形の仕事や交流方法が普及し、人と会わずに人と会う方法がどんどん普及した。
便利だけど便利じゃない。
同じ時間に同じ空間で交わす会話じゃないと、どうしても何かがズレる。何かが伝わらない。何かが理解できていないかもしれない。

目に見える「物」も、目に見えない「時間」も、価値観が変わっただけではダメなのだ。そこに、物や時間に対するリスペクトや愛をどれだけ持てるだろうか。

自分たちや、動物の「命」はどうだろう

動物たちの命を守るつもりで、飼いきれずに崩壊するニュースが後を絶たない。
過去の数、過去の金額に執着しすぎ、変化する社会から取り残されていないか。
本当はここにいないほうが幸せになれるかもしれないのに、譲渡せず、自分のもののように思いすぎていないだろうか。
自分の力を過信し、里親の可能性を見過ごしていないか。
目に見えない何かに自分が縛られていないか。
自分の価値観と人の価値観を、一緒に気持ちよく共存するための努力を、どこまでしているだろうか。

夢、プライド、誇り。
後悔、トラウマ、恨み、怒り。
悲しみ。

目に見えた「物」から、目に見えないものに価値観がシフトしている今こそ、
目にみえないこれらのものを、私たちはどう整理し、どう消化し、どうやって生活に取り入れていくのか、考えなくてはならない。

どうやって、多くの人と共有し、共存していくか。
ちゃんと考えなくてはいけない時代なのだと思う。

世界中の人が、世界中の動物たちが、
安全で、痛みや苦しみがなく、健康に幸せに暮らすことができますように。
Merry Christmas to all