熱中症からペットを守るために、あなたができること

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ペットの熱中症

日本でもアメリカでも、毎年多くの犬・猫が熱中症で命を落としています。

熱中症で犠牲になったペットの飼い主さんの中で、「熱中症?何ですかそれ?」という人はいません。
皆熱中症のことは知っており、気を付けていた人です。
それでも悲劇は次々と発生しています。

今日は「はい、知っています。気を付けているので私は大丈夫です」と思われがちなペットの熱中症について、もう一度確認したいと思います。

熱中症になったらどうなる

多くの方は、熱中症になると回復するか、死亡するかの2つだと思っています。

しかし重症な熱中症になった犬、猫は回復した後に、脳障害が残ることが多々あります
そしてそれは一生続きます。

熱中症で体温が上昇すると、脳を含む全身に不可逆的変化が起こります。
脳がダメージを受け運動障害、知覚障害、あるいは認知力がなくなり植物状態になることもあります。
排便排尿困難、歩行困難、あるいは何も認識できなくなるケースもありました。

脳はタンパク質でできています。
たまごをゆでて、ゆで卵になったらどうがんばっても生卵にもどすことはできません。
脳も熱で固まってしまうのです。

奨励されている室温と湿度

USDAの犬のガイドラインでは以下となっています。

室温は摂氏10度以上、29.5度以下。
また摂氏7,2度以下、29.5度以上の環境に、4時間以上おかないこと。
湿度は30%以上、70%以下。

となっています。

ただしこれは、あくまでも一般的なガイドラインであり、実際の室温湿度の設定は、その個体や状況によって判定、調節しなくてはなりません。

犬の体温調整の生理

ここで少し詳しく、犬の体温調節について説明します。

環境温度が高くなると、犬の体温も上昇します。すると体温を下げようとする生理機能が働き始めます。
熱の放出と体温低下は、大きく分けて、3通りの方法があります。

①体温上昇

環境温度が高くなると、初期には体温を上げて体表から熱を放出します。
しかし犬猫は被毛があるので、この方法は限られており、環境温度が31度以上になるとこれができなくなります。

②発汗

犬の鼻と足の裏に汗腺があり、発汗作用で体温を下げようとします。しかし犬の発汗量は少なく、この放熱機能も限られていることがわかっています。

③パンティング

はあはあとパンティングをすることが、犬にとって最も効率のよい放熱方法です。犬にとっては、パンティングが最も効率のよい放熱機能になります。

放熱がうまくできない犬
フレンチブルドッグのようなマズルの短い犬種(短頭種)は、パンティングおよび通常の呼吸をする時の空気抵抗が高く、効率的にパンティングを行うことができません。
パンティングが苦手なブリードは、特に環境温度を適切にすることが重要で、これらのブリードは簡単に熱中症になる危険があります。

体温調節に影響する因子

その他、次の状態の個体は体温調節、放熱機能が低下することがわかっています。

① 幼齢、高齢動物
② 肥満 皮下脂肪、内臓脂肪が放熱を妨げます。
③ 甲状腺疾患、心疾患の動物。
④ 北方圏の犬種 もともと防寒の生理機能が発達しており、放熱が下手。
⑤ 長毛、あるいは被毛密度の濃い犬。
⑥ 脳疾患、特に認知症のある個体。
⑦ 被毛が黒あるいはダークな色の犬は、放熱速度が遅いという報告があります。
⑧ 病気、あるいは治療中の個体 

などがわかっています。

温度と湿度以外の要因

暑いという体感は、温度と湿度以外にも複数の要因によって作られるとされます。
真夏は室温25度は涼しく感じても、真冬の25度は暑いと感じるかもしれません。
「部屋は24時間ずっとエアコンで、室温湿度一定なので、絶対に犬は熱中症になりません」と言う人がいますが、気圧、日照時間、雨風の音から、外の鳥や虫などの鳴き声まで、複数の要因が関係しながら、人間も動物も体温調整します。

生物は何万年も、昼夜の1日周期、28日という月の周期、そして春夏秋冬の四季を繰り返してきました。
非常に複雑な多数の要因が絡んで、人間も動物も代謝や生理機能が変化します。

温度、湿度が正しく設定されいるから快適だと決めつけないでください。
どんな温度湿度下でも、ペットは熱中症になる可能性があります。

油断、過信しないでくださいね。

その他にも、以下の要因が熱中症にりやすくすると言われています。

① 興奮、精神的ストレスにある個体 車の中、動物病院の中など
② 狭い空間 キャリー、クレートの中など
③ 高湿度 
④ 通気性の悪い場所
⑤ 他に複数の個体と同居 保護施設など
⑥ エリザベスカラーの着用

都市伝説を信じないで

「このブリードは、絶対に毛を剃るとダメなんです。紫外線に敏感で皮膚炎になるんです」
「この犬種は目が光線に弱いので、お顔まわりは絶対にカットしてはいけない」
「この子は関節が弱いので、足裏の毛をカットするとクッションが消えるので絶対に切らない」
全部エビデンスのないことだと思います。

必要ないのに切る、剃るはしなくていいですが、殺人的に熱い猛暑。
足裏の毛が伸びすぎているならぜひ発汗しやすくするために、短くして通気性をよくしてください。

長毛の犬猫は、お腹まわりだけでもショートにすると、放熱しやすくなります。

バリカンで肌が敏感になる個体はたまにいます。全身丸刈りではなく、短く毛を残すのならば、バリカンの歯は肌に触れないで短くできます。
普段はカットが必要なくても、長毛、ダークカラー、毛の密度の濃い犬、高齢や持病などで暑くなりやすい個体は、夏場だけでも一部をショートにするのは特に問題なく、熱中症予防対策になります。
低ノイズの小型バリカンを通販で買って、自分の家でカットすることもできます。

熱中症を予防するために、あなたにできること

さて、ここからはいくつか実践的なことをお話します。

① 温度計、湿度計を室内に「複数」設置し、主要な場所(リビングと寝室など)の温度湿度を数値で管理する。

② 外出はできるだけしない

多くの熱中症は、外出時に起こります。
短時間であっても、早朝でも、夜でも熱中症になります。
暑い日中を避けて散歩するのは勿論ですが、散歩時間もできるだけ短くしましょう。
室内で排便排尿できる犬は、外に行かないオプションも考えてください。

エキササイズやストレス予防からは、一定時間の散歩は必要ですが、命の危険を冒してまで行うことではありません。
ワクチン接種、定期健診。多少遅れてもいいので夏が終わってからにしましょう。
肛門腺絞り、シャンプーカットなど、定期的な行事も、夏だけ少し間隔をあけるのはどうですか。
「定期的な爪切り」のための移動中に命を落とした犬がいます。
つめが伸びても死にませんが、外に行けば命の危険があるのが日本の夏です。
こういう悲劇は本当に2度と繰り返してほしくないです。

③ 自分の外出もひかえる

エアコンを設置していれば問題ないはずですが、機械は機械。停電もあれば故障することもあるでしょう。命にかかわる暑さ。自分の外出もできるだけ控えましょう。

④ 冷感グッズに頼りすぎない
いろんなペット用冷感グッズが販売されていますが、どれも、あくまでもサブで使用するものです。室内温度で室内の温度設定が原則です。

⑤ 扇風機

室内の空気を循環させると、エアコンが作動中に部屋全体の環境温度を一定にする利点があります。
しかし毛の生えた犬猫は、人間のように、風が直接肌にあたることで涼しいと感じることはありません。動物には、エアコンの変わりに扇風機を使用することはできません。

⑥ もちろん、どんなに短時間でも、車内に動物だけ残す、お店の前に犬だけつないでおく、といった行為は禁忌です!

散歩前に自分の手でコンクリートの熱さを確かめることについて

よい習慣であるとは思います。
しかしこれは、犬の足の火傷ー直接火傷、あるいは低温火傷―の予防対策に他なりません。

足の火傷と熱中症は全く別の病気です。

例え地面がそれほど熱くなくても、犬の体温が散歩中に上昇すれば熱中症になります。
地面の温度と空気温度は異なります。
地面を触って熱くなかったら、熱中症にならない、というのは間違いです。

体温計を準備しよう

自分の犬、猫が熱中症かどうか、自宅で体温を測ることで早期発見できます。

私たち獣医師は、直腸体温を測定しますが、自宅で飼い主が行うには抵抗があるかもしれません。
抵抗がない人は、肛門用の体温計を買って計測してください。それが一番正確です。

私は、人間用、あるいは乳児用の非接触の体温計を1つ準備されることをお勧めしています

犬や猫の耳タブをあげて、毛のない耳の穴のあたりで計測してみてください。
いつも同じ角度、同じ方法で同じ人が測定してください。
体温計に表示された体温は、おそらく、本当の体温とは異なるでしょう。(おそらく実際よりも低めに示されると思います)
でもそれでよいのです。いつも同じように測定することで、自分の犬猫の、いつもの体温(その温度計による)が把握できます。
その体温計で耳で測る、その犬猫のいつもの体温さえわかっていればよいのです。

熱中症になると、通常よりも体温が上昇します。

熱中症を疑ったら、その体温計で計測してください。
本当の体温がわからなくても、「いつもより何度高い」のであれば、熱中症、あるいは発熱が疑われます。

熱中症を疑ったら

通常よりも体温が高く、ぐったりしている。

犬の場合はハアハアが止まらない。

猫の場合は、呼吸がいつもよりも早く、1分回に60回を超える。

動きが鈍く、立てない、ふらふらする、歩けない、などが熱中症の症状です。

嘔吐する、痙攣することもあります。

熱中症を疑ったら、とにかく室温を低くしましょう。20度まで下げるのが理想です。

アイスや保冷剤を当てると、皮膚の血管が収縮して体温が下がりません。

冷水で絞ったタオルなどで、被毛を拭くのも効果があります。
体温が下がらない場合は、救急病院へ。

自分の犬猫を、熱中症にしてしまう飼い主の特徴

熱中症の犬猫を抱えて動物病院に駆け込む飼い主さんに、共通していることが1つあります。

「ちゃんと地面も手で触って、朝7時前と午後8時以降のみ散歩させてた」という飼い主が見ていたのは、SNSでの情報。

「室温は29度、湿度70度でいつもと変りなかったのに」と言った飼い主が見ていたのは、温度計と湿度計の数値。

「この公園はいつもの散歩道で、今日午後8時も、フレンチブルも含めて、少なくとも10匹以上の犬が普通に散歩していた」といった飼い主が見ていたのは、他の犬たち。

「うちは古い屋敷で、この土間は風が涼しくて、うちの子は過去10年間毎年、問題なく夏場もここで過ごしていた」といった飼い主が見ていたのは、過去の自分の犬。

自分のペットを熱中症にさせてしまう飼い主さんは、自分の犬、猫をちゃんと見ていません。

熱中症になる犬、猫は、かならず初期に異常を呈しています。
必ず異常を訴えます。
ハアハアが止まらない、ぼーっとしている、動きが緩慢、反応が遅いといった異常に気が付くはずです。

自分のペットの初期症状に気が付かない飼い主さんは、皆、「いきなり倒れた」「急にぐったりと歩けなくなった」と表現します。
熱中症になる前の危険信号に全く気が付いていなかっただけです。

まとめ

命に関わる猛暑です。

どうか、自分のペットの様子を、普段よりもより頻繁に、気を付けてみてあげてください。

自分も犬も必要最低限の外出にし、とにかくよく休み、たっぷりと静養しましょう。

いそがしい現代社会。
猛暑はきっと、せかせかと働きすぎる私たちへ、神様が「スローダウンしましょう」とささやきながら、いつもより濃厚なペットとの時間を自宅で過ごすための、贈り物として与えてくださった時間なのかもしれません。

Everyone, stay safe.

文責 獣医師 西山ゆう子
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