地域猫のTNRをする時に、ワクチンも一緒に打つべきですか

動物愛護,地域猫,獣医療・ペット

TNR手術時にワクチン接種をするべきですか

質問を受けました。

「地域猫のボランテイアをしています。

TNR手術を行う近郊の動物病院が何軒かありますが、獣医師によってワクチンの意見が異なります。
TNR時に希望をすれば、ワクチンを打ってくれる先生もいます。
ある先生は、不妊去勢手術の時に一緒にワクチンを打つと、体に負担がかかるので、一緒に接種できない。と言います。
違う先生は、たった1回しか接種しないのであれば、そもそも抗体が上がらないから意味がない。1か月後にもう一度捕獲して麻酔かけてワクチンを打つ、というのならば打ってあげる、と言います。
また、ノラ猫はすでに、ヘルペスなどの鼻かぜに感染しているので、今からワクチン接種しても意味がない、という先生もいます。

TNR手術時に、猫にワクチンを打つべきでしょうか? それとも、意味がないので打たないほうがよいのでしょうか。

ノラ猫から地域猫へ

近年、日本全国で地域猫活動が盛んになってきました。
ノラ猫を捕獲機などで捕獲し、麻酔下で不妊去勢手術をし、その後元にいた場所に放すことを、Trap-Neuter-Return (TNR)と称します。
TNRの手術時には、一般には耳を少しだけ切って、手術済みだという印をし(桜耳)、その後世話人が継続的に給餌、排泄物や環境の管理を行います。
何度も妊娠出産を繰り返すメスのノラ猫、何度もケンカを繰り返すオスのノラ猫から、TNRを経ることで出産することがなくなり、ケンカも減り、飢えてゴミなどをあさったり放浪することなく生活することができるという概念です。
これを地域猫政策と呼んでいます。

TNRとワクチン
地域猫は日本政府が奨励している、殺処分を減らすための政策の一つで、多くの自治体でTNR手術には助成金も出ています。

多くのノラ猫や、外で生活する地域猫たちは、家猫ほど人に慣れておらず、定期的に動物病院に通院して、健康診断やワクチン接種を受けることがありません。
よって、ワクチン接種をしたいのであれば、不妊去勢手術をするために麻酔をかけられた時に、同時に行うことになります。

麻酔や鎮静がないと、攻撃性のためにワクチン接種ができない猫が多々います。

日本では3種混合の猫ワクチン(ヘルペス、カリシ、およびパルボ)のワクチンを、TNR手術時に同時に接種する、しないで獣医師によって意見が分かれるようです。

TNR時のワクチン接種は奨励されている

結果から言うと、TNR手術時に、3種混合ワクチンを接種することは、シェルターメディスンでは奨励されており、アメリカでは広く一般的に行われています。

狂犬病のあるアメリカでは、3種混合と同時に狂犬病ワクチンも一緒に接種しています。
これは地域猫に関する専門学会(米国猫専門学会、シェルター学会など)が、ガイドラインや意思表明などで明確にしています。
ただし、実際に捕獲して手術をする獣医師が、猫の状態や環境、あるいは年齢などにより総合的に最終決定します。これはヒトのワクチンガイドラインも同様ですね。

TNR時に猫にワクチンを接種する利点

ではなぜ、TNR手術時に、3種混合ワクチンを打つことが奨励されるのか。
それはいくつかの利点が分かっているからです。

1. 猫パルボ(汎白血球減少症)の予防に非常に効果的である

生ワクチンの接種の場合、1回だけの接種でもかなり高い予防効果があると多くのエビデンスが出ています。
猫パルボは致死率の高い伝染病で、ワクチンにより、感染予防して死亡を免れる可能性が上がることがわかっています。

2. カリシとヘルペスの発症を軽減、予防する

カリシウイルス感染症と、ヘルペスウイルス感染症は、猫の上部気道感染症の原因菌であり、風邪症状、結膜炎、口内炎、舌潰瘍、鼻炎、気管支炎、肺炎などの症状に関連しています。
すでにこれらのウイルスに感染している猫の場合、発症せずに鼻腔や気道、結膜、神経などにウイルスを所持している個体が多く、免疫力により発症します。

すでにヘルペスとカリシに感染している猫の場合、ワクチン接種により液性抗体価があがり、発症の予防に貢献し、あるいは発症しても軽症で済むことが判明しています。

3. マイコプラズマなどの人獣共通感染症の予防に貢献

ヘルペスやカリシウイルスによる、猫の「鼻風邪」が減ると、同時にマイコプラズマやクラミジアといった他の病原菌も拡散されなくなります。これらは人間にも結膜炎等を起こす伝染病ですので、結果的に猫から人への感染も予防します。

4. 集団免疫の取得

多くの地域猫にワクチン接種することで、地域全体の猫の集団免疫が上がります。
それにより、より伝染病の発生率が下がり、未接種の母猫から生まれた子猫への感染率も減ります。

5. 地域猫管理の向上

多くの猫がパルボや猫かぜにかかりにくくなることで、より健康で衛生的な環境、管理が実現し、地域住民への苦情の低下および、地域猫の医療費節約などが見込まれます。

不妊去勢手術とワクチンを同時に行って安全か

不妊去勢手術はある程度のストレスになりますが、多くの地域猫のTNR手術は非常に短時間で、効率のよいスピードで行います。
TNR手術の麻酔、手術手技も年々発達しており、それにより手術の侵襲性ストレスも軽減してきました。

手術時にかなり衰弱していない限り、不妊去勢手術とワクチン接種を同時に行っても問題ないとされ、実際にアメリカではTNR時のワクチン接種(3種混合と狂犬病の2ワクチンの同時接種)が日常的に行われていいます。

1回だけのワクチン接種は意味がない?

これに関しては、複数のエビデンスが報告されており、1度のワクチン接種だけで抗体の上昇があり、予防効果が高いとがわかっています。

地域猫ではなく、家庭の猫になった猫に、ワクチン接種は必要ですか

特に子猫、若い猫は、TNR手術の後、外に放さずボランテイアさんによって順化し、家庭の猫として譲渡されています。

一般に、室内で飼育されている家猫は、地域猫のように多くの伝染病の病原菌に接触する機会はありません。
しかし、家庭の猫にもワクチンのガイドラインが公表されており、定期的なワクチン接種が奨励されています。

室内猫のワクチン接種

ガイドラインはあくまでも一般論で、最終的には獣医師、猫の健康状態、および飼育環境、シグナルメントなどによって個別に判定されます。

ガイドラインは複数の専門委員会や学会が発表して、若干差がありますが、3種今後ワクチンは、おおむね以下のとおり。

子猫 生後16週齢になるまで4週間おきに複数回。
その後、1歳の時に1回接種。
その後、3年に1回接種。

室内猫ならば、感染の可能性は低いのでは?

はい。猫どうしの接触、あるいは未接種猫が排泄物などを残した環境にいない限り、リスクは低いと言えます。
しかし、ヘルペスやカリシは、上記にようにすでに猫がウイルスを所有している場合がほとんどで、ワクチン接種により発症を予防、あるいや軽減できます。
また、パルボなどは、猫が誤って外に脱出した時や、また他の理由で来院、通院、入院する時に感染のリスクがあがります。

生ワクチンを接種すると、病気が発症する場合がありませんか。

生ワクチン接種での病気の発症はないと言われしています。

もし、生ワクチン接種後に発症したと思われる状況があった場合は、以下の可能性があります。

1. 接種時にすでに発症しかけていた。
2. 接種後に何等かの理由で免疫力が下がり、すでに持っていた鼻腔のウイルスが活性化して発症した。
3. 生ワクチンの液体が、何等かの理由で鼻腔に侵入した。
これは、今後ワクチンのバイアルの粉を、希釈する時に、特に注射器に入った空気を押し出す時など、針から微量のワクチン液が噴霧されて、猫の鼻に入った場合などがまれにあります。

家猫は特に、10歳を過ぎてから腎臓疾患などの慢性病で通院する機会も増えることが多々あります。
その時に、もう何年もワクチン接種をしていない猫が、重篤な鼻炎や肺炎になるケースがあります。

3年に1度のワクチン接種で多くは予防できます。
安全で、予防効果の高い猫のワクチン接種を、家猫にも、それから地域猫にも接種することを私は奨励します。

TNR時にワクチンを打つのに、助成金はでますか?

多くの自治体では、不妊去勢手術の費用の一部に助成金が出ますが、3種混合ワクチンには出ないことが多いようです。
助成金が出ないならば、自費でもぜひ、ワクチン接種を行ってください。

地域猫は、餌をやりながら、外猫としての管理をしているあなたの猫です

管轄の自治体の猫ではありません。

暑い日、寒い日、雨の日、外で懸命に生きている地域猫は、餌をやるあなた以外に頼る人はいません。
猫の命を守る人間の責任として、助成金が出なくても、あなたご自身のお小遣いの中から、ワクチンを接種して上げてください。

地域猫は給餌するだけではなく、病気を含めた管理のうえに成り立っている制度なのです。

文責 西山
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Posted by Dr. Yuko Nishiyama