犬のレプトスピラ症 ― レプトスピラワクチンが「コア(必須)」に格上げされました
コアワクチンとは

AAHA(American Animal Hospital Association:米国動物病院協会)および WSAVA(世界小動物獣医師会)などの専門委員会は、犬猫のワクチン接種ガイドラインを定期的に発行しています。
2024年に発表されたAAHA最新ガイドラインにおいて、犬のレプトスピラワクチンは「コアワクチン(必須ワクチン)」に格上げされ、原則としてすべての犬に接種すべきワクチンと位置づけられました。
ここでは、
・なぜレプトスピラワクチンがコアワクチンになったのか
・犬のレプトスピラ症とはどのような病気か
について、わかりやすく解説します。
レプトスピラ症は「ワンヘルス」の問題
レプトスピラ症は、人・犬・野生動物に感染し、発熱、腎不全、肝不全など重篤な臓器障害を引き起こす人獣共通感染症です。
従来は「一個体・一個人の健康問題」として捉えられてきましたが、現在では、
・野生動物
・環境(水・土壌)
・家畜
・犬
・人
が相互に関与する「ワンヘルス(One Health)」の代表的疾患と考えられています。
レプトスピラ症の世界的統計
・全世界の年間患者数:約100万人
・全世界の年間死亡者数:約6万人
・米国の年間患者数:約100~200人
・米国での犬の年間感染推定数:数万頭規模
・人の致死率:約5~10%
・犬の致死率:約10~30%
※ WHO、CDC、AAHA、ACVIM などの公表データより
日本での発生状況
・人の年間感染数:約20~40人
・犬の年間感染数:正確な統計なし(推定 数百頭以上)
日本では、人も犬もレプトスピラ症は届出義務のある法定伝染病です。
しかし特に犬では、急性腎不全として誤診され、検査されないまま見逃されているケースも多いと考えられており、実際の感染数は報告数よりかなり多いと推測されています。
レプトスピラ菌とは

病原体
・レプトスピラ科 Leptospira 属のらせん状細菌(スピロヘータ)
特徴
・数百種類以上の血清型(serovar)が存在
・感染動物の尿中に排出され、水や湿った土壌中で長期間生存
環境中での生存条件
・高湿度(70~100%)
・泥水・停滞水中
・好条件下で最大1~3か月生存可能
犬のレプトスピラ症 ― 感染経路と疫学

感染経路
・汚染された水や土壌が皮膚の傷・口腔・鼻・結膜などの粘膜に接触
・感染動物(野生動物・ネズミなど)を捕食
保菌動物と主な血清型
動物 主な血清型
ネズミ Icterohaemorrhagiae
犬 Canicola
牛・豚 Pomona
野生動物 Grippotyphosa, Australis, Hebdomadis, Autumnalis
潜伏期間
2~14日(平均5~7日)
シグナルメント
・犬種差:なし(すべての犬が感染)
・体格:大型犬・小型犬ともに同等リスク
・性別:オスにやや多い
・生活環境:室内犬でも感染リスクあり
臨床症状
・発熱:39.5~41℃
・元気消失
・食欲不振
・嘔吐・下痢
・急性腎不全
・急性肝障害(黄疸)
・点状出血、肺炎、DIC
※ 多くは急性発症ですが、軽症例や不顕性感染も存在します。
犬のレプトスピラ症の診断

血液検査
・BUN ↑
・クレアチニン ↑
・ALT, AST, ALP ↑
・総ビリルビン ↑
・血小板減少
確定診断
・PCR検査(血液・尿)
・MAT法(抗体価測定)
治療
重症例
・入院管理
・静脈点滴による積極的な輸液療法
・集中支持療法
○ 早期の抗菌薬投与
○ アンピシリン静脈投与 → ドキシサイクリン経口投与
○ 腎障害、肝障害、DICへの対応
軽症例
・外来治療+経口抗生剤
レプトスピラワクチンと血清型

犬にはレプトスピラのワクチンがあります。
ワクチンは非常に予防効果が高いのですが、その血清型しか予防できません。
現在米国で主流の4価ワクチンには、4種類の血清型レプトスピラが含まれており、その4種類のレプトスピラを予防できます。
残念ながら血清型の異なる株は予防できません。
米国で主流の4価ワクチン
・Canicola 犬由来
・Icterohaemorrhagiae ネズミ由来
・Grippotyphosa 野生齧歯類・小型哺乳類由来
・Pomona 牛・豚由来
→ 米国の犬の感染の大多数をカバー
日本で報告されている血清型
・Australis 野生齧歯類、イノシシ、シカ由来
・Autumnalis 野ネズミ、イノシシ由来
・Hebdomadis 野ネズミ、イノシシ由来
・Icterohaemorrhagiae ネズミ由来
・Copenhageni ネズミ由来
→ 血清型分布が米国と異なるため、日本ではワクチン効果の評価がより慎重に必要
レプトスピラワクチンがコアワクチンになった理由
1. ワクチンの予防効果が大幅に向上し、高い有効性が証明された
2. 副反応の発生率が大幅に低下し、他の混合ワクチンや狂犬病ワクチンと同等の安全性が確認された
3. 都市部を含め、すべての生活環境で感染リスクが存在することが明確になった
4. 人獣共通感染症として、公衆衛生上の重要性が高い
レプトスピラに関する過去の誤解(迷信)
・「田舎だけの病気」 → 誤り:都市部でも多数発生
・「南国の病気」 → 誤り:寒冷地・積雪地域でも発生
・「大型犬だけ」 → 誤り:小型犬・室内犬も多数感染
・「ワクチンは副作用が強い」 → 誤り:現在は安全性が大幅に改善
現在では、腎不全犬に対してレプトスピラ検査を行わないことは、医療過誤に近いと考えられています。
人が感染した場合
主な症状
・悪寒
・高熱
・頭痛
・筋肉痛
・嘔吐・下痢
・黄疸
・腎不全
重症化すると命に関わります。
疑いがある場合は速やかに医療機関を受診してください。
飼い主さんへの注意点
・感染犬の尿には直接触れない
・手袋着用
・漂白剤(ハイター)やアルコールで消毒可能
日本でレプトスピラのワクチンを接種するべきか

日本とアメリカの血清型の違いにより、ワクチンの効果はアメリカほど高いとは限りません。
しかし、日本でもアメリカと同様に、ネズミ由来のレプトスピラ感染が多いと考えられており、アメリカの4価ワクチンでもネズミ由来株には有効です。
主治医である獣医師とよく相談し、お住まいの環境および犬のライフスタイルを考慮したうえで判断してください。
日本における犬のレプトスピラ症予防
― ワクチン以外にできること ―
レプトスピラ症は、ネズミや野生動物の尿で汚染された水や土壌から感染する人獣共通感染症です。
日本では特に、都市部のネズミ、里山・農村部の野生動物が重要な感染源となっています。
ワクチン接種に加えて、日常生活の中で感染リスクを下げる行動管理が極めて重要です。
1.泥水・たまり水に近づけない
• 雨上がりの水たまり
• 側溝
• 用水路
• 河川敷のぬかるみ
• 田畑の泥水
• 山道・林道のぬかるみ
レプトスピラは、
• 湿潤環境
• 停滞水
• 泥水
で数週間〜数か月生存します。
2.ネズミ対策(都市部で最重要)
家の周囲でできる対策
• ゴミの密閉管理
• 生ゴミ放置をしない
• 餌の屋外放置を避ける
• 床下・倉庫・物置の整理
• 穴・隙間の封鎖
散歩時の注意
• ゴミ集積所周囲を歩かせない
• 飲食店街・下水周辺でのマーキング嗅ぎ禁止
3.野生動物との接触回避(里山・農村部)
注意すべき動物
• イノシシ
• シカ
• アライグマ
• ハクビシン
• タヌキ
• 野ネズミ
対策
• 山道・藪・農地への立ち入り制限
• 狩猟エリアでの散歩回避
• 獲物の捕食を絶対にさせない
4.水遊び・川遊びの管理
リスクが高い場所
• 流れの緩やかな川
• 農業用水路
• ダム湖
• 雨後の川・湖
5.飲水管理(意外に重要)
• 屋外の水たまりを飲ませない
• 雨水・川の水を飲ませない
• 常に清潔な飲水を持参
6.皮膚・足裏ケア
感染経路
• 皮膚の微細な傷
• 肉球の亀裂
散歩後
• 足裏洗浄
• 皮膚の傷チェック
7.多頭飼育・犬舎管理
• 排尿場所のこまめな洗浄
• 次亜塩素酸ナトリウムによる消毒
• 排水管理
• 湿潤環境の回避
猫はレプトスピラに感染しますか?
猫がレプトスピラ症を発症することはまれです。
長い間、レプトスピラは猫とはほとんど関係がないと考えられてきました。
しかし、近年の複数の報告により、猫は発病こそしないものの、野外でネズミを捕食したり、レプトスピラに汚染された水を摂取することで感染し、体内に菌が侵入し、尿中に菌を排出することがあることが分かってきました。
つまり、猫は臨床症状を示さない不顕性感染の状態で、レプトスピラを保菌・排菌し、感染環の一端を担っている可能性が十分に考えられます。
一部の調査では、野外生活を送る猫やネズミ捕食歴のある猫で、抗体保有率および尿PCR陽性率が高いことが報告されています。
近年、日本でも地域猫として屋外で猫を管理・飼育する取り組みが広がっています。
そのため、レプトスピラと猫との関係については、公衆衛生の観点からも、今後さらに研究が進むことが期待されます。
まとめ:レプトスピラの4本柱

①ワクチン接種
② 行動管理 疑わしい場所を極力さける
③ ネズミ・野生動物対策
④ 迅速な診断と早期抗生剤の使用
犬が腎臓病、肝臓病になった場合は、迅速に「レプトスピラ感染」によるものなのか動物病院で鑑別してもらい、1日でも半日でも早く抗生剤の投与を開始するべきです。それが犬の生死を左右するとまで言われています。
今日から自分の犬にできる、ワンヘルス。ぜひレプトスピラに関する意識をあげて、犬も人間も安全に過ごしてくだあい。
文責 西山ゆう子
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複数の専門サイトからの情報をまとめました。内容に不備、間違いがある場合はどうかご一報、ご指摘いただけたらと思います。






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