日本とアメリカの動物病院の違い ―診療方法、給与、休憩、有給休暇、そしてカルテ
2つの国で働くということ
私は年に2,3回、だいたい1-2か月の期間、日本で働いている。
普段はアメリカのロサンゼルスに居住し、市内の動物病院に勤務する。
日本に滞在中も、勤務獣医師として動物病院に短期で通う。
日本では保護動物の検診や手術、あるいはTNR手術が中心だが、以前は一般の動物病院(複数、各地)にも勤務していた。
ロサンゼルスでは、動物病院での一般外来が主で、必要に応じて各種の手術やTNRもするし、愛護団体とも関わっている。
以前ロサンゼルスで自分の病院を開業していた時、もっと好きな種類の臨床(シェルターメディスン)をしたいと思い、意を決して自身の病院を後輩に譲り、その後2国で働いている。
なので今、好きな場所で、好きな感じで好きな時に、好き勝手に臨床ができることに、すごく幸せを感じているところ。
ふりかえってみると
若い頃は誰もがそうだと思うが、経験のためにガムシャラに働き、お金のために長時間働き、あるいは患者や飼い主様のためにプライベートや家族を犠牲にしてきた時代が長くあった。
私の場合は、米国の獣医師ライセンスの取得や専門医試験など、資格のために必死にがんばった時代もあった。
開業中はスタッフや病院のために何でもして、自分の病院のスタッフが路頭に迷わないように必死だったし、飼い主様の信頼を裏切らないように、さらには、ロサンゼルスの日系コミュニテイーの任務として、これまたガムシャラに仕事をした。
臨床医だから土日も祭日も正月もないか、あっても必ず何かが起こって平穏に過ごしたことはなかった。
妊娠中も悪阻を感じる暇もなく動き回り、臨月には巨大なお腹をさすりながら長時間の手術もこなした。
子供が小さい頃は、電動搾乳機を抱えて出勤し、4時間おきに個室で搾乳。
もう、家族行事のドタキャンとか、時間に追われる生活や半徹夜には慣れていたけど、いいかげんそこから卒業したかったというのが本音でもあった。
その後、以前からやりたかったタイプの臨床だけできるようになり、ホントに獣医臨床を楽しむ余裕ができたように感じる。
学びたいと思っていたことも思いっきり学べる幸せ。
自家族のために時間を持つという幸せ。
そんな感じで仕事を選んでいたら、2国の生活になっていたということだ。
日米の動物病院、どこが違う?
よく聞かれるのは、「日本とアメリカで、動物病院はどう違いますか」という質問。
まあ日本もアメリカも広いし、都会か地方か、南か北か、一次か二次か、企業病院かプリベートかで違うからバリエーションはある。
ここであくまで個人的に経験した違いを述べさせてもらう。
獣医師と動物看護師の職務
まず一番大きく異なるのは、獣医師と看護師の仕事の内容。
アメリカの場合、院内の分業がかなりすごい。これは看護師の任務に関する法の違いなども関与しているのかな?。
獣医師は基本、獣医師にしかできない業務が中心。
看護師は基本、看護師にしかできない業務が中心。
さらに、動物看護師とは別に、アメリカの動物病院には受け付けーClient Service Representative ―がいて、独立した業務を行っている。
電話や飼い主様の応対、会計、カルテ管理、ソーシャルメデイア、ワクチンなどのリマインダー、予約管理、保険会社とのやりとり、専門病院紹介手続き、処方箋やフードの管理、いろいろ。。
さらに清掃、消毒、犬の散歩などのケンネル関係にも専門の人がいて、Attendant あるいはAssistant という肩書の人たちが専門に行う。
獣医師は、外来診察、動物の身体検査、検査結果の解析と診断、手術、そして入院動物の管理責任が中心となる。
一方、動物看護師は、獣医師をサポートしながら技術関係と、飼い主とのコミュニケーションが中心となる。
看護師は、採血、採尿、検査機器でラボテストを施行、レントゲン撮影、エコー撮影、ワクチン接種、注射薬や薬物投与、留置針装着、マイクロチップ装着、入院管理(バイタル、点滴、投薬、他)などの技術関係の多くを担当している。
さらに手術時の助手、麻酔モニター、麻酔導入、麻酔覚醒など。歯科の場合は歯科レントゲン撮影、抜歯、歯のクリーニングも看護師の仕事だ。
飼い主とのコミュニケーションも多々あり、術後や退院後の指示を始め、獣医師に指示されたら細かいことの説明を任される。
例えば新しく糖尿病になった猫の在宅管理(インシュリン注射、血糖値計測、食餌管理他)は全部看護師がしっかりと説明する。
日本では、獣医師が採血・採尿・レントゲンやエコーの撮影もするところが多いように思うが、看護師の国家資格が新しく導入されることにより、今後さらに分業化が進むのではないかと思う。
アメリカではなぜこんなに分業するのか?
おそらく分業することで、生産性を上げるためだと感じている。
獣医師が採血する時間があるならば、次の診察室に行って次の診察を開始する。
看護師が掃除をする時間があるのならば、次の動物の採血や検査をする。
そうすることで、より多くの患者の診療が可能となり、より大きな病院の収入につながるからだと思う。
しかし分業化は、院内のコミュニケーションが必須だし、情報共有がしっかり行われなくてはならない。そのためのシステムやアイテムも必要だし、各セクションに部長役目の人が必要で、けっこう複雑で面倒でもある。
手術―基本「ソロ」
一次病院の場合、手術は獣医師が1人、麻酔と動物をモニターする動物看護師が1人、のペアでOR(手術室)に入るのが普通だ思う。
看護師は動物に麻酔導入し、気管チューブ、刈毛、消毒をしたら、麻酔器の横に待機して、ひと時も離れることなく麻酔と動物をモニターしながら記録をとる。
獣医師は手術着とグローブ等をしたら、基本1人、助手はつけずに1人で手術を行う。
これがおそらくスタンダード。
手術は、不妊去勢手術、去勢、腫瘍除去(皮膚、体腔内も)、膀胱切開術(結石除去)、胃腸系(異物除去、腫瘍除去他)、その他、胆嚢や脾臓除去、整形関係、脊髄神経関係まで、基本は助手なしで行っている。
アメリカでの獣医大学や二次専門病院などでは、教育目的で助手に獣医師をつけるところはあるが、例外的だ。
私もずっとソロで手術をしてきたので、慣れるとそのほうが早いし楽である。
私も以前は、大型犬の脾臓腫瘍も1人で摘出したが、こういうのは確かに助手が入ってくれるとやりやすいだろうな、とは思った。
アメリカの場合、新卒の獣医師は、初めから1人で不妊去勢手術ができるレベルが求められる。
なぜソロ手術なのか?
毎回獣医師二人が手術室に入っていては、コスパも下がるということだろう。
日本の獣医師に、「それは危険なのでは」と質問されたことがあるが、ソロ手術は米国の標準治療、すなわちスタンダードであり、全く問題ないとされている。
問題なのは、助手と麻酔モニターをかけもつことだそうだ。
術中の麻酔、動物のモニターは、専門の人が1人、通常は動物看護師が目を離さずアテンドしていなくてはならず、手術助手が麻酔モニター係を兼用したら、医療過誤になるそうだ。
獣医師と看護師の給与
院内分業やソロ手術が進んでいることと関係すると思うが、アメリカの動物病院経営では、なるべくコスパを上げ、診察総数を上げることで、動物病院の総収入を高く保つようにしている。
一般にアメリカの獣医師、看護師の給与は日本より高額である。(と思う)
獣医師の場合、新卒の小動物臨床獣医師は、個人病院に勤務する場合、初任給が年収10万ドルが平均である。
ロサンゼルスのような都会では、実際はもっと高くなっている。
1ドル130円として13,000,000円である。
新卒がここからスタートで、その後は経験を経ることでさらに給与は上昇する。
また動物看護師の場合、平均年収が約4万ドル。
約5,400,000円となる。
これはあくまでも平均で、私が知っている限り、かなり腕のいい看護師で他の病院に転職してほしくないと思わせる優秀な人は、年収800-900万円くらい稼いでいる人もいる。
高級とりの看護師は、時給にすると40-50ドルである。
おそらくアメリカでも田舎のほうは給与も安くなるし、また行政よりも民間の個人病院のほうが、給与がよいそうだ。
ワークライフバランス
仕事と私生活をきちんと分けましょう、どんなに忙しくても休む時は休みましょう、というのが時代とともに重要視され、特に日本でその傾向が強いように感じる。
これに関しては、自身の権利についてうるさいアメリカでは、昔からバケーション文化があり、よって動物病院でもしっかりと休みはとっている。
法律も厳しく制定されているので、病院がブラックになること自体が難しい。
それは私が院長時代に身を持って実感した。従業員はかなりきびしい法律で守られているのだ。
具体的には、私が働いた動物病院では以下のことが普通に行われていた
。
・年に2週間くらいの有給休暇が保障され、全員がきちんと休みをとっている。
・これとは別に、病気や体調が悪い(精神的なものも含む)時にとれる有給が年に7日くらい認められている。
・昼休みは、必ず1時間とる。そしてその間、仕事をしてもいけないし、スタッフが仕事関係のことで話しかけてもいけない。
すなわち、電話にちょっと出てもらう、この書類に目を通してもらう、今退院する犬の飼い主さんにちょっとだけ話してほしい、といった1分の仕事でも頼むことは許されない。
・オーバータイム(残業)に関して。事前に了承を得て手当など明確にした上でのみ行える。残業はできない、したくないと契約した人に残業をさせることができない。これがしっかりしているので、子育て中のママさんスタッフにはありがたい。
・帰宅後、あるいは休日中の連絡の禁止。例えば本日休みのスタッフに、「〇〇さんが今来院して、先日のことで非常にお怒りです」「入院中の〇〇ちゃんが今朝死亡したのですが、飼い主さんがどうしても先生から直接話しを聞きたいと言っているので」といった電話、ライン等は一切しない、できないということ。(事前契約で一部例外はある)
・これには賛否両論があるだろうが、院内の責任者はその日ごと変わる。院内での引き継ぎをしっかり行う、といったシステムを作り、当日の責任者を明確にしている。
ライフワークバランスで、休みはしっかりとりましょう、というのはよいこと。
特にラインやメールで簡単に、ちょっとだけの質問ができてしまうこの時代、病院全体でしっかりとルールを作り、システムを構築しなくてはならない。
電子カルテ
最後にどうしても言及したいのが、カルテ。
医療訴訟の多いアメリカでは、カルテは自分を過誤から守るものなので、カルテの書き方や詳細がそもそもかなり異なっている。
アメリカではそもそもカルテは、診療日誌のような記録ではなく、飼い主様を含めた社会共有の財産であり、透明性が高く、また主観をことごとく含まず科学的、理論的でなくてはならないとされている。
また書かれていなかったら、それはなかった、と判断される。
詳細はここでは割愛するが、これらの内容をすべて網羅するには、やはりペンで紙に書いていてはとても書ききれない。時間が追い付かない。
それゆえアメリカでは、カルテはほぼ、おそらく99%以上、電子カルテになっている。
皆PCやタブレットに向かってもくもくとタイプしている。
電子カルテは医療記録だけではない。
院内、院外のラボ、画像などすべて、検査が終わると同時にカルテにくっついてくれる。
料金の課金もれをことごとく予防してくれ、使った薬、注射、ワクチン、薬物、フードなどすべて、計算しなくても会計計算してくれる。
在庫とも連結し、今院内には、どの薬が何錠あり、有効期限はいつかまで管理している。
処方箋、薬局、他院に紹介する時、他院からの医療記録を含めて、アプリ上でのやりとりだと早いし瞬時に終わる。
ワクチンや健康検査のお知らせも、クリック1つ、メールで済ませることができる。
その他にも書ききれないほどの機能があるが、どの病院でも電子カルテシステムは必須アイテムだ。
個人的には、病院外からカルテにアクセスできる、クラウドテクノロジーは本当にありがたい。
何かの理由で急いで帰宅しなくてはならない時など、後で家からカルテにアクセスして書く。
今の若い獣医師たちは、病院を出た後、帰宅中の車の中で運転しながら、親指だけで、携帯からカルテを書く人もいる。(それホントは、交通ルール違反じゃないの?笑)
幼稚園の閉院時間のために泣く泣くカルテを書けずに、明日書くねと言って病院を飛び出した昔の自分を思い出し、しみじみと時代の変化を感じている。
フレキシブル
さて、長々と自分の体験やアメリカの病院のことを書いたが、それぞれの国でよい部分、悪い部分があるし、どっちも魅力的な部分がある。
私は日本の動物病院もアメリカの動物病院も、それぞれのよさがあると思っている。
自分の獣医人生を振り返り、その時の自分のライフスタイルに合わせて、病院を変え、開業したり、大学に戻ったり、けっこう好きなように仕事をしてきたように思う。
決して自慢できる人生ではなかったけれど、仕事は何十年も続けてこそ、本当にその良さを理解できるし、また次世代に残せるものもできる。
もしあなたが、今の職場、今の仕事、今の働き方が苦しいのならば、どうかガマンしすぎないでほしい。
もう少し楽しく、ラクに働ける場所があるならば、そしたらそこでこそ、本当にガムシャラに頑張ることだってできる。
そう、フレキシブルに仕事をし、フレキシブルに人生を楽しんでほしいな。
エンジョイして働くというあなたのオーラを、動物たちもきっと感じてくれるに違いない。
西山ゆう子
参考資料
The U.S. Bureau of Labor Statistics calculated that as of May 2021, the average full-time veterinarian earned $109,920 annually. According to the bureau, the largest number of veterinarians (7,620) worked in California and received an average annual wage of $126,690. The top-paying metropolitan area, at $144,440 annually, was Northern California’s San Francisco-Oakland-Hayward region.
アメリカ合衆国労働省労働統計局の集計によると、2021年5月現在、フルタイム勤務の米国獣医師の平均年収は$109,902. 同省によると、最も獣医師が多いのがカリフォルニア州で7620人で、同州の平均年収は$126,690である。
一番高額の年収なのはカリフォルニア州サンフランシスコからオークランドの地区で、年収$144,440となっている。
(西山訳)
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