ペットのマイクロチップ 正しく運用するための課題
マイクロチップの「ハード」と「ソフト」
法改正により一部義務化が決まったペットのマイクロチップ。
マイクロチップは「ソフト」と「ハード」の2者で成り立つ
前回は、マイクロチップという小さな物体は、安全であり、動物に装着しても害がないことを話した。
ただ正しい方法で装着しなくてはならない、ということを、獣医師に注意喚起した。
今回はマクロチップの「ソフト」の部分、すなわち、どうやって正しく使うかということを話したい。
マイクロチップの「ソフト」部分とは?
ご存じのように、マイクロチップはID番号が内蔵されている微小のチップ。
これを専用の読み取り器械でスキャンすると、その番号が読み取れる。
チップから読み取れるのは、数値だけである。
チップの規格によるが、世界でも日本でも一般的に流通しているISO規格の場合は、15桁の数字が入っている。
その数字は動物の情報とは別のもの。
マイクロチップはGPSではない。
15桁の番号が判明しても、動物の名前も年齢も、住居も、飼い主の電話番号もメルアドも、何もわからない。
よって、マイクロチップを実用的に使うには、マイクロチップ番号の情報を管理する機関が必要になる。
それがいわゆる、「マイクロチップの情報の登録」である。
マイクロチップの機能の仕方
ではどうやって「登録制度」が機能するのか。
まず、マイクロチップを自分の犬、猫などに装着したら、そのチップ番号を登録会社に提出して、データ登録を行う。
飼い主が自分で行う場合、動物病院が代行する場合、ペットショップやブリーダー、愛護団体が代行する場合などがある。
通常は、住所や電話番号、メルアドなどの飼い主情報と、動物の個体情報(名前、性別、ブリード、色など)の情報を提出する。
若干の登録料あるいは手数料を払うことになる。
そして、ペットがいざ、逃げたり迷子になったとする。
迷子で放浪しているところを誰かに保護され、動物病院なり、行政のセンターに行きつく。
そこで、マイクロチップリーダーでスキャンしてもらい、チップ番号が判明する。
さっそく、担当者がマイクロチップ登録会社に連絡をし、チップ番号から登録してある飼い主の連絡先が判明する。(センターや動物病院が、登録機関の契約会員になって、自分でデータにアクセスできる場合もある)
そこから飼い主に連絡が行く。
「あなたの犬のリキちゃんが、今、ここにいます。私たちが保護しています。引き取りに来てください」と。
そして飼い主とめでたく再会し、自宅に戻ることができる、という流れである。
データベースの登録について
日本では今まで、動物ID普及推進会議(AIPO)と、そして複数のマイナーな独立機関がデータ登録を管理してきた。
今年からさらに環境省が新しくデータ管理機関を設立して加わり、登録の受け付けと運営を開始した。
よって現在日本には、複数のデータ管理機関が存在している。
アメリカも複数存在しているが、国によっては1つだけにしているところもあると聞いた。
マイクロチップの義務化の新制度は始まったばかりなので、まだ情報が混乱している。
どこに登録するのがベストか、という情報が一定していないように思う。
マイクロチップのデータ管理のトラブル
さて、マイクロチップというハード(チップ部品)を装着するのは、それほど時間もかからないし、きちんとトレーニングされた獣医師であれば、安全に装着することができる。
だがこのように、ソフトの部分はなかなか複雑であり、いくつものプロセスが必要だ。
それゆえ、ソフトの部分で様々なトラブルが発生しやすい。
そのいくつかを紹介したい。
スキャンミス
本当はマイクロチップが入っているのに、スキャンの仕方、あるいは読み取り人間側の不手際により、チップ番号が検出できない、というケース。
読み取るスキャナーの不具合、電池残量が少ない、ボタンの押し違い、などがあるだろう。
また、体表をスキャンする時に、体表から距離が離れていて察知できなかった、あるいはあまりにも早くスキャンしすぎた、体全体をくまなくスキャンしなかった、といった人為的な原因も起こりうる。
こういう場合はせっかくチップが入っているのに、「マイクロチップが入っていない犬だね」ということで、終わってしまう。
その結果、飼い主に連絡が行くこともない。
初歩的、人為的なことだが、器械である以上実際に起こってしまっている。
空(から)チップ
せっかくマイクロヒップが入っていて番号が検出されたのに、問い合わせてみたら、その番号で登録している飼い主がいない、というケース。
これは、マイクロチップを装着した後に、データ管理会社に、飼い主と動物の情報を登録しなかった、あるいはまだしていない、という動物だ。
飼い主が登録をし忘れている場合もあれば、ペットショップや愛護団体からの売買や譲渡の時に、「そっちでやってくれたんじゃなかったの?」という誤解の場合もある。
せっかくマイクロチップは装着されていても、情報が登録されていなければ何の役にもたたない。
古チップ
マイクロチップのデータ管理会社に登録されている飼い主の情報が、現在の飼い主ではない、過去の飼い主の情報である、というケース。
データ登録会社に登録されている飼い主に連絡をすると、その動物は以前飼っていたけれど、今は自分の犬ではない、と言う。
2年前に事情で飼えなくなり、愛護団体に引き渡した。
1年前に引っ越す時に、会社のバイトの人にあげた。その人の情報はわからない。
事情はともかく、今は自分のペットじゃないので、もう引き取れない、ということになる。
マイクロチップの飼い主情報は、飼い主が変わる度にアップデートされなくてはならないが、実際は行われない場合も起きている。
死チップ Dead chip
マイクロチップが壊れる、あるいはチップが死んでしまって、番号が読み取れなくなったもの。
昔と比べて今のマイクロチップは性能も寿命も改善しているようだが、器械である以上壊れることはある。
マイクロチップは確かに入っているのだけど(レントゲンなどで確認できる)、いくらスキャンしても番号が読み取れない、という現象だ。
何もしないのに自然に読み取れなくなった、という場合がある。
何かの間違いで、マイクロチップが2つ、動物の体内の近いところに並んで入っていると、チップが反発して早く寿命になってしまう、という説明を受けたことがある。
もしチップが読み取れなくなったら、新しいマイクロチップを新たに装着するしかない。
今では、チップの寿命も20年以上と長くなり、あまり心配しなくてよいと言われているが、それでも毎年定期的に、チップがきちんと読めるかどうか、動物病院などで確認するべきであろう。
チップの抜け落ち Dropped chip
マイクロチップを装着したにも関わらず、チップはもう体内のどこにもない、というケース。
これはおそらく、チップを装着した獣医師の技術が未熟な場合がほとんどと思われる。
きちんと、指示書通りに装着すれば抜け落ちることはない。
確かに若齢の子犬、子猫の場合は、首から背部にかけての筋肉量も少なく、皮下に装着するのにある程度の技術と熟練した装着方法が必要である。
チップの抜け落ちケースは、獣医師の技術の未熟が原因と思われるので、しっかりトレーニングを受けて正しく装着してほしい。
倍チップ、ダブルチップ
ありえないと思うかもしれないが、これは結構頻繁に遭遇する。
マイクロチップが、2つ以上、1匹の動物の体内に入っているというケースだ。
2つ入っていますよ、と言うと、ほとんどの飼い主は、「え?知らなかった」と言う。
そして通常、どちらか1つの番号しか登録していない。
これではいざ逃げた時に、もう一つのほうの番号が読み取られたら、連絡してもらえない。
これは、獣医師がマイクロチップを装着する時に、装着する直前に、入っていないことを確認しなかったからに過ぎない。
うちの子にはチップが入っていないから入れてくださいとお願いされた場合でも、獣医師は、装着する時に必ずスキャンしてすでに入っていないことを確認しなくてはならない。
ダブルチップは、単純に確認しなかった、という獣医師のミスにより起こる。
そして、ダブルチップになると、チップどうしが反発してチップの寿命が短くなるし、登録する時も面倒で複雑になる。
私は過去に、マイクロチップが3つ入った犬を見たことがある。それも1匹だけではない。
ダブルチップ、トリプルチップは人為ミスだ。
マイクロチップの体内移動
動物の背側部、首は背中の部分にマイクロチップを装着したのに、いつのまにか体内を移動して、腹部や手の先端部、その他の部分に移動した、というケース。
以前はそれなりにあったが、最近はあまり見なくなったとと感じている。
まだ成長時期の、子犬子猫の時期に装着すると、体内移動が発生しやすいのでは、と感じている獣医師は多いが、装着年齢による差に関する学術報告はみあたらない。
おそらく、マイクロチップが改良され、またチップを装着する獣医師側も、技術が洗練されたことにより、体内移動が減ったのではないか。
例え体内を移動しても、皮下である限り支障はない。
ただ背部しかスキャンしない人には見逃されることがあるだろう。
スキャンする時は全身をくまなく、というのはこのためだ。
データ管理機関のデータ共有
複数のデータ管理会社が存在する場合、複数の機関で情報共有がされなくてはならない。
それぞれが独立して管理していたら、
例えば、A社、B社、C社の3つの管理会社が存在して、データ共有されていないとする。
飼い主は、どこが一般的か、登録料が安いのはどっちか、など比べ始める。
念のため3社全部に登録をしておきたい、という飼い主もいるだろう。
また迷子になった動物を保護した人は、ABCの3社に問い合わせを行わなくては判明できない。
犬も猫も逃げるだけではなく、盗まれて遠くに運ばれる場合もある。
マイクロチップのデータ情報は全国レベルで、共有されなくてはならない。
アメリカは5つ以上のデータ管理会社が存在しているが、データ共有されているため、大きな支障にはなっていない。
そのマイクロチップがどこの会社に登録されて管理されているか、というのを管理する組織があり、また各会社でも、「そのチップ番号は、うちじゃなくて、○○会社で登録されていますよ」と言ってくれる。
コンピュータによる情報管理が普及した現在、そんなに難しいことじゃないはずだ。
データ管理機関の営業時間
迷子動物は24時間発生するし、時には緊急を要することもあるだろう。
交通事故で負傷した状態で迷子動物が運ばれてくることもある。
データ管理会社へ問い合わせて、チップ番号から飼い主情報を得るというのは、24時間サービスであるべきだ。
個人情報の保護
かといって、チップ番号から飼い主情報の問い合わせがあれば、かまわず全部情報を公開していい、というものではない。
ひょっとしたら個人情報を盗む目的の人かもしれない。
以前アメリカで実際にあったのだが、家庭内暴力のために、犬と一緒に家を逃げて出ていった女性の住所や電話番号を判明する目的で、加害者がチップ管理会社に問い合わせたことがあった。
犬の所有権をめぐって、愛護団体と個人がトラブルになることもあるだろう。
情報管理会社は、様々な状況を想定して、個人情報に対して責任を持って情報公開しなくてはならない。
近年増加しているハッカー対策など、コンピューター情報のセキュリテイー等もしっかりしていただく、ということは言うまでもない。
より優れた迷子捜索サービス
現在の日本のチップ情報管理組織は、基本的に受動的で初歩的な「迷子探しサービス」にすぎない。
将来的にぜひ、レベルアップしてほしい。
犬を間違って逃がしてしまった飼い主が、管理会社に連絡をして、「たった今、自分の犬を逃がしてしまいました」と訴えても、基本何もしてくれない。
「誰かが犬を発見して、チップを読んでくれるところに連れていき、チップ番号の問い合わせが当社に来たら、改めてご連絡します」となるだろう。
アメリカのデータ管理会社は、こういう時のサービス向上で競っている。
犬が逃げてしまった場所から5マイル、10マイル以内に居住している「登録飼い主様」全員に、ただちに「この犬が逃げました。見つけたらご連絡ください」という写真つきメールやショートメール、SNSを配信する、という会社もある。
もちろん、近辺の行政の収容施設、動物病院、愛護団体にも一斉に「この犬が逃げました」という情報を送る。
逃亡中に起きた病気、事故による医療費を全額カバーする保険を、別料金のオプションでつけている会社もある。
そういったプラスのサービスがいい、悪いは別としても、逃がしてしまった飼い主のために、より多くの人に発見、保護してもらうサービスがあるのはありがたい。
アメリカのHomeAgain 社(データ管理会社)は創業以来、3百万匹の迷子のペットを、飼い主のところに返還した、と発表している。
犬も猫も、ちょっとした隙に、ちょっとしたことで、逃げてしまうことが多々ある。
マイクチップは、飼い主とペットの命を救うのに、確かに役立っているのだ。
まとめ
・マイクロチップという医療機器は、安全だが、獣医師に正しく着装してもらうこと。
・チップ情報の登録は必ず行い、都度アップデートすること。
・飼い主も獣医師も、ワクチン接種などの時に、マイクロチップを日常的にスキャンして確認し、壊れていないか、体内移動していないか確認する。
・データ管理会社が複数存在する場合は、会社間でデータの共有化をするべき。
・データ管理会社は、番号の管理だけではなく、営業時間、運営方法によって、さらなるプラスのサービスを行い、より高い確率で、迷子動物を飼い主と再会できるようにできる。
・データ管理会社は、個人情報の取り扱いに責任を持ち、セキュリテイーをしっかりしながら運営してほしい。
最初からすべてうまくはいきません。
これからの改善に期待します。
改良を重ね、よりスムーズにデータ管理ができ、マイクロチップがより普及し、1匹でも多くの迷子の子が飼い主のところに戻れますように。
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