私の猫は膀胱炎と結石の持病があります。一生処方食を食べさせなくてはならないのでしょうか。

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処方食を一生?

Aさんからの質問
譲渡会に参加し、猫を飼うことになりました。
愛護団体が言うには、この子には膀胱炎の持病があるので、尿路疾患用の処方食をずっと食べさせなくてはならない、と言われました。
それを承知で飼い始めたのですが、どうも味が気に入らないらしくなかなか食べてくれないので、普通の餌と混ぜています。
愛護団体の言う通り「一生この処方食」というのは正しいのでしょうか。

Bさんからの質問

猫の保護活動をしています。
そのうち1匹は、過去2回膀胱炎を起こし、獣医さんに「ずっと尿路系の処方食を与えるべき」と言われました。
処方食のおかげで今は膀胱炎もなく落ち着いていますが、譲渡希望の方が、「ずっと処方食」と言うとひいてしまいます。
それさえなければすぐに譲渡できるかわいい子なのですが、これはどうにもならないのでしょうか。市販のキャットフードで代用できるものがありますか?
どのメーカーのキャットフードならば代用できますか?

Cさんからの質問
3年前に尿結石になり、オシッコが出なくなり急死に一緒を得た猫を飼っています。
獣医師はその後、尿路疾患用の処方食を一生たべさせなくてはならないと言いました。
お陰様でその後再発していませんが、最近、その処方食がなかなか買えなくなりました。
コロナによる流通の遅れと聞いていますが、買い貯めていたものがもうすぐなくなります。獣医師も、他に代用できるフードはない、これしかないと言いました。今後どのキャットフードを食べさせるべきか、困っています。アドバイスお願いします。

「ずっと処方食」の難しさ

Aさん、Bさん、Cさんへ
3人の方から処方食の悩みを伺いました。
お三方に共通していることは、『同じ処方食をずっと食べさせ続けること』の難しさです。

Aさんほ猫は、処方食の味を好まず、無理やり食べさせるのがかわいそうという理由です。
Bさんは、処方食しか食べさせてはいけないという条件が、猫のいい譲渡につながらないという理由です。
Cさんは、今までずっと与えていた処方食が買えなくなったという流通と販売の問題からの悩みです。
その他にも、複数の猫がいるので難しい、お金がないから難しい、という声も聞きます。
今日は処方食について、いち獣医師としての意見を述べたいと思います。

処方食は一生もの?

質問の答えを先に言うと、「長期的に食べさせなくてはならない場合と、他の一般食に変えても問題ない場合」があります。
それは、その尿路疾患のタイプ、重篤度、原因など、ケースによります。
そして、一生続けないといけないかどうかは、経過観察をして決めます。
また、ずっと尿路処方食の場合も、他の病気が併発してしまうと、他に切り替える必要があります。
今回はその話を詳しくしたいと思います。

ペットフードの分類

まず、ドッグフード、キャットフードですが、ご存じのようにドライタイプと缶フード、そしてパウチなど様々なタイプが市販されています。
これらはすべて、ペットの「総合栄養食」と言い、栄養のバランスが考慮され、これだけ食べても栄養の過不足がなく生活できるものです。
一方、おやつやトリートは、総合栄養食とは区別されています。これらは補助食として与えるものです。
総合栄養食は、成長期の子犬子猫用、アダルト用、およびシニアといったライフステージに分類しているメーカーもあります。

総合栄養食には、大きく分けて、一般食と処方食の2つがあります。

処方食は、何かの病気、病状を治療、管理するために作られたものです。
病気と言えば薬で治療するというイメージが強いですが、その病気の治療や管理に、食事が大切な場合が多々あります。
犬も猫も、尿路系の疾患の治療と管理には、食事が大きな要素になっています。
例えば糖尿病患者は低炭水化物、腎臓病患者には低たんぱく質、炎症性腸疾患の患者には低アレルゲンの食事、膵炎の患者には低脂肪食が勧められます。
処方食は、獣医師がまず病気を診断してから、獣医師が治療予防のいち方法として勧めます。

犬と猫の尿路疾患用の処方食とは

膀胱炎、尿結石症、尿結晶症など、尿路系の病気の治療、予防のために用いられる特別食です。
複数のメーカーが販売しており、またいくつかのタイプの処方食が販売されていますが、一般に以下の特徴があります。

・犬や猫の飲水量が増えるよう、ミネラルと栄養分が調節されている。
・尿中の結晶飽和度を低くし、ストラバイトやシュウ酸カルシウムといった結晶をできにくい尿になるよう、ミネラルと栄養素が配合されている (RSS)
・ストラバイト結晶を予防するよう、マグネシウムの含有量が低い。

尿路疾患

一口に膀胱炎、尿路疾患といっても多くのタイプがあります。
ばい菌が膀胱内に侵入し、感染が起こることでアルカリ性の尿になり、結果として尿中に結晶ができることがあります。
細菌感染を伴わずに、膀胱が炎症を起こすタイプもあります。
普段からあまり水を飲まないために、尿が濃くなり、結晶ができてしまうこともあります。
排尿する回数が少なく、そのため結晶ができてしまう個体もあります。
結晶もばい菌感染もないのに、膀胱内膜が炎症を起こすこともあります。
他の内科疾患があり、そのために膀胱炎を併発することもあります。糖尿病や腎臓疾患などが含まれます。

また、生まれつきの素質やブリードが関係していることもあります。
骨盤膀胱という、膀胱の位置が生まれつき異状な場合や、尿管と膀胱の吻合部分に生まれつき異状があって膀胱炎をくりかえすこともあります。
胎児の時に膀胱とおへそをつないでいた管が、生後も塞がらずに靭帯として残るという「尿膜管残存症」というのがありますが、これは猫でよくみかけます。
尿道の長さが短いということで、一般に感染性の膀胱炎は、オスよりもメスに多発します。
肥満のために排便排尿後に、自分で肛門や陰部をグルーミングできず、ばい菌感染をくりかえす個体もいます。
猫の場合、トイレが汚れていたり、砂のタイプが気に入らなかったりで、排尿を長時間がまんすることで膀胱炎になる子もいます。
多頭飼育下、猫どうしの葛藤によるストレスが影響していることもあります。

尿路疾患の治療法

ということで、獣医師はまず、どのタイプの尿路疾患かを検査で判明し、それからベストな治療法を考えます。
ばい菌が関与しているか。尿結晶が出ているか。でているならばどのタイプか。
尿の酸性、アルカリ性はどうか。尿が異常に濃くなっていないかなど。
これらは尿検査で判明します。
また膀胱や腎臓の状態、結晶や尿結石の有無などは、画像診断(エコーやレントゲン)検査を行って判明します。場合によっては血液検査やさらなる精密検査も必要です。

治療アプローチ

各種検査結果と、発症前の動物の環境や食事、飲水、排尿環境をもとに、獣医師は通常、複数の治療アプローチを試みます。
細菌感染がある場合は抗生薬の投与を。
結晶がある場合は、処方食と飲水量が増えるように指導します。
ドライフードから缶へ切り替えたり、あるいは併用を勧めることもあります。
食事以外にも食べている高ミネラルのおやつなどないか。
アルカリ尿の場合は、処方食や薬物療法で改善を目指します。
尿が濃い場合も、処方食や、飲水量の改善の相談を。
飲水が増えるよう、また気持ちよく排尿できるよう、トイレ等の生活環境についても指導します。

症状改善後、処方食を続ける?

さて、治療の甲斐があり、尿路疾患は改善しました。
長期的に処方食を食べ続けさせるかどうか、の判断ですが、ここからさらに何度かフォローの検査や再診をくりかえすことで、どうするか決断します。
はい、検査をしながら、どうするか決めていきます。
逆に言うと、フォローの検査をしなければ、普通食に変えていいかどうかはわかりません。

以下が、通常私が行っている方法です。

2-3週間後、再診。
体重測定 処方食を食べることで、体重の増減はないか。
尿検査 尿のpH, 結晶、比重、炎症性細胞の有無など。
細菌性膀胱炎のケースでは、尿を再培養して完全に無菌になっているかを確認。
エコー 膀胱壁や内部の炎症、石の有無などを確認。
その他猫の一般状態、処方食の好き嫌いや排尿状態などを聞く。
問題なければ処方食を続けるように勧めます。
ここで改善がない場合は、CTや造影、他の精密検査になります。

さらに1か月後、再診。
体重の増減。猫の嗜好、生活一般について問診。
尿検査とエコー。特にpHと結晶、比重を判明。
この時点で、調子がよく問題ない場合は、しばらく処方食を続けることを勧める。
その場合は6カ月後に再診。
6カ月後も調子よく、処方食を問題なく続けるのならば、その後は年1回の診察検査。

処方食から、一般食に切り替える場合

さて、発症後2か月たち、その後の経過も順調であれば、一般食に切り替えるオプションも話します。
ただし、やはり非常に慎重におこなわなくてはなりません。

一般食に変えると起こりがちなこと
・飲水量が減って、尿が濃くなってしまう。
・再び結晶ができてしまう
・尿がアルカリ性になってしまう
それゆえ、飲水量、トイレの回数など、できる限り現在量を維持するように、気を付けるようにくわしく相談します。
どのブランドの、どのタイプの一般食にするか、を詳しく話します。
一般に、飲水量を上げるために、缶フードが奨励されます。
そして、一般食に切り替えてから、2-3週間後に必ず再診に来るように指導します。

一般食に切り替えて2-3週間後。
尿検査。これは非常に大切です。必ず行い、phや比重、結晶や炎症性細胞の有無を確認します。
この時に、思わしくない結果がある場合―尿比重が高い、アルカリ尿になってきている、炎症性細胞が出ている、微量の結晶が出ているなどがある場合、やはり処方食にもどしたほうがよいと勧めます。

もしここで、問題ないようならば、さらに1か月後に再診。尿検査。

それでも問題ないようならば、6か月後、そして、その後は毎年1回、尿検査をするように勧めます。
うまくいくかどうかは、食事だけではなく、生活環境の改善も影響します。
トイレが汚くて膀胱炎になった猫は、トイレ掃除を頻繁にするだけで、膀胱炎再発防止できることもあります。
飲水量、ストレス、これら全体を向上させることが、成功の秘訣だと思います。

ずっと処方食の場合

この場合も、年に1回は診察をし、尿検査やエコーなどで尿路をモニターします。

処方食を食べている場合、大切なのは、生後6歳くらいから、毎年必ず血液検査で、他の臓器が問題ないか、他の内科性疾患になっていないかを検査することです。
前述したように、尿路疾患用の食事は、尿路疾患予防用に特別にミネラルや栄養素が配合されたものです。
糖尿病、腎臓病、心臓病、膵炎、ある種の腸疾患など、他の内科疾患になった場合、尿路疾患用の食事を食べ続けるのはよくありません。

特に猫の高齢の腎臓病、慢性膵炎は、罹患していても初期では症状が目立ちません。
どんな処方食もそうですが、処方食を常食している犬猫は、他の疾患がないか、注意深くモニターする必要があります。

まとめ 尿路疾患の処方食

・尿路疾患になったからといって、一生処方食を食べさせるかどうかは、わからない。
・まずは処方食。薬物による治療を行い、同時に生活環境の改善を行う。
・その後、定期的に検査と再診でフォローをする。
・処方食から一般食に変える場合は慎重に行い、症状がなくても尿検査等を行ってモニター。
・処方食をずっと続ける場合は、他の内科疾患になっていないか毎年チェック。特に腎臓病、心臓病、腸疾患と膵炎に気を付ける。

質問の回答

Aさんへ。
尿路疾患の処方食が嫌いで、他の種類を混ぜて与えているのでは意味がありません。
さっそく獣医師と相談し、一般食に変えながら検査をしてもらってください。

Bさんへ。
一生処方食でなくてはならない、ということはありません。ぜひ一般食に変えて問題ないか、トライしてみてください。
おそらく、シェルターではなく個人の預かりボランテイアさんなど、個体観察をきちんとできる環境で行うのがベストかと思います。
うまく一般食で管理でき、いい譲渡につながるといいですね。

Cさんへ。
どこからも購入できないのであれば、他社の同類の処方食か、一般食に変えるしかありません。再診と検査をしながら行ってください。

「ずっと」が難しい時代

コロナにより、今まで当たり前に流通していたものが、当たり前に入手できなくなりました。
戦争が起これば、あっという間に貿易が乱れ、当たり前だった物の供給が途切れるようになります。

これからの時代は、環境破壊、気候変動、あるいは天災や人災で、当たり前に耕して収穫できた物も、育たなくなるかもしれません。

処方食の安定供給も難しい時代になるのかもしれません。

ペットフードだけではなりません。
治療に必要な薬物や検査試薬、手術に必要な医療器具など、医療業界にも、「ずっとこれが使える」と思っていた常識がなくなりつつあります。

コロナや戦争を嘆き、在庫を買いあさっても、また新たな欠品が発生することでしょう。

ではどうすればいいのでしょう。

私は、これからの時代は、今入手できるもの、今使えるもの、今購入できるものの中から、ベストな物を選び、ベストを尽くすしかないと思っています。

そこに必要なのは、獣医師と飼い主のチームワークであり、愛情であり、知識知恵です。

「ずっとあるのが当たり前」だったものが作れなくなり、流通できなくなり、購入できない時代になっても、飼い主が動物を案じ、守り、一緒に健康管理する愛情は、「ずっとずっと」持ち続けられるはずです。

ずっと同じ食事、ずっと同じ薬の入手が難しい時代になっても、ずっと変わらぬ愛情を持ち続けることができれば、人も動物も今までと同じように、幸せに健康に生きることができると信じています。

補足1 この医療アドバイスはあくまでも一般的情報です。個別の症例については、最寄りの獣医師の診察を受けて個別に診断、治療アドバイスを受けてください。

補足2 ウクライナおよび戦地で迫害されているすべての人、動物たちの命に、心からお見舞い申し上げ、1日も早い終結を心からお祈りいたします。