猫のFIP(伝染性腹膜炎)の発症リスクファクター こういう猫がFIPを発症します
猫のFIPの診断ガイドライン
米国猫専門委員会American Association of Feline Practitioners という権威ある専門学会が、先日FIPの診断について、最新版のガイドラインを発表した。
この学会は、猫に特化した専門委員会で、主に臨床獣医師に対してプラクティカルなガイドラインを発表している。
これらのガイドラインにより、その病気の診断治療の標準治療が明確になり、医療過誤を予防する役割も果たしている。
他にもワクチンから疼痛管理、抗生剤使用、麻酔管理、シニアケアなど多くのガイドラインを出しており、米国の獣医師ならば必ず目を通しているものだ。
なぜFIPの診断ガイドが今出たのか
ご存じのようにFIPはもう半世紀以上前から存在している病気。
よって診断方法も変化してきた。
昔はコロナウイルスの血液抗体価と腹水の解析と、後は臨床症状などで判定していたが、決定的な診断方法がなく、確定診断は死後の解剖がないとできなかった時代があった。
現在では複数の異なるPCRテストや細胞診、腹水胸水の解析などの検査があるが、その使用方法やタイミング、判定に多少の見解の違いが生じている。
よって、現在の多くの診断方法を整理する必要が出てきたというのが1つ。
もう一つは、近い将来、FIPの治療薬が認証されるからというのがあるだろう。
現在、猫のFIPの新薬の臨床試験(Clinical Trial)が複数の獣医大学等で実践されており、正式に認証される日も近いとされている。
米国獣医師は、非認証の治療薬は合法的、倫理的に使用できないために、海外産の非認証薬があってもなかなか実用化できていなかった。
新薬が発売されると同時に、FIPへの治療が一気に広まる。FIPの診断をしっかりと、間違いなく行う必要がより高まることになる。
このFIP診断のガイドラインは、全獣医師に読んでいただきたいが、詳細は非常に専門的になるので、ここでは割愛する。
興味のある獣医師は、是非原文を参考にしてほしい。(英文)
https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1098612X221118761
リバルタテストRivalta’s Test
と言いながら、診断テストについて、1つだけ言及したい。
ご存じの方も多いと思うが、猫の腹水、胸水の検査の中に、リバルタテストというのがある。
院内ですぐに行え、陽性、陰性を判定するスクリーニングテストである。
もし陽性ならば、9割くらいの確率でFIP疑いと言われている。
もちろん、この後にさらなる精密検査(液体解析、細胞診、PCRなど)が必要だが、簡単かつその場で迅速にできるので、多くの米国獣医師が行っている。
先日日本の動物病院で、リバルタテストの話をしたら、「全く聞いたこともありません」と言われて、個人的にショックだった。
現場で、安く簡単に迅速にできる便利なテストなのに。
水と酢酸で簡単にできるので、行っていないのならばぜひお勧めしたい。
ちなみに、今年の米国の獣医師国家試験の問題にも、このリバルタテストが出たそうだ。
リバルタテスト
1.8mlの蒸留水(常温)を試験管に入れ、20μl(1滴)の100%酢酸を混ぜる。
2.採取した腹水又は胸水20μl(1滴)を、この酢酸水の表面に静かに落とす。
3.腹水又は胸水が、酢酸水をゆっくり落ちていく様子を観察する。
ー陽性の場合 水面からゼリー状のものが一直線になって残るか、ゼリー状のものがゆっくりと下に落ちてゆく。(くらげ様)
ー陰性の場合 いったん濁った状態の部分が、酢酸水の中で広がるにつれて、ゆっくりと見えなくなりやがて消える。(たばこの煙様)
FIP発症のリスクファクター 西山訳
さて、ここから本題。
ご存じのように、FIPは猫腸内コロナウイルスが変異を起こして(FECV)が猫FIPウイルス(FIPV)になるもの。
多くの猫が腸内コロナウイルスに感染しながら、FIPを発症しないでそのまま長く生き続ける。
なぜ多くの猫はFIPにならず、一部の猫にだけ起こるのか、というのが昔から研究されてきている。
そしていくつかの要因が、FIPの発症に関係することが分かっており、これを、「リスクファクター」として猫専門委員会が過去に公表している。
特定の猫のブリードや年齢といったものから、猫自身の他の病気や状態、他の病気との混合感染、そして、住む環境まで判明している。
今回のFIPの診断ガイドラインの中にも、新しくアップデートされた、発症要因(リスクファクター)が明記されているので、以下に紹介する。
FIP発症のリスクファクター
<起源>
多量の猫腸内コロナウイルスと接触すること
<経歴>
兄弟や血縁内にFIPと診断された猫がいる猫
免疫抑制治療
ブリーダー、シェルター、動物保護団体、譲渡会から取得した猫
近事のストレス
―手術(不妊去勢手術、他)
―ワクチン
―胃腸疾患
―上部気道疾患
―輸送、ホテル、キャットショーへの参加
―家族の変化(乳児、新ペット)、引っ越し
<シグナルメント>
コロナウイルス(非劇症型)に感染する年齢が2歳以下
性別 未去勢のオス
ブリード いくつかの報告あり(ベンガル、バーマン、他)
<健康状態>
同時感染(FIV、白血病ウイルスなど)
他に疾患がある猫
免疫状態が下がっている猫
<飼育環境>
多頭飼育
複数の猫との接触を繰り返す
長期、短期滞在猫を一緒に多頭飼育する
異なる年齢の猫を一緒に飼育する
5頭以上の猫を密な場所で飼う
リスクファクター 正しく理解を
これらの要因が、FIPの発症に関与していることが分かっている。
しかし、これらを全部なくした状態では動物保護活動ができない、というのも分かる。
リスクファクターは、「禁止事項」ではなのを理解してほしい。
保護活動をしていれば、共同飼育もワクチンも必要だし、鼻カゼや下痢といった伝染病にもかかりやすい。
それゆえ、現在の保護活動の中で、改善できる部分からぜひ取り組んでほしい。
同腹の子以外の猫と交わらせない。
下痢が続くならば真剣に診断治療し、腸内環境を健康に保つようにする。
鼻カゼもしっかりと治す。
といったことに、もう一度しっかりと向き合うだけでも違うというのをぜひ理解してほしい。
治療より予防
どんな疾病でも、治療より予防が原則。
今後、FIPの治療薬が販売されてFIPの治療が可能になるとしても、基本は予防。
予防に勝る治療はないのだ。
2-3年前に、日本の動物病院で指導をしていた時に、FIPのリスクファクターのことを「全く聞いたこともありません」と言っていた獣医師(臨床歴10年以上)がいて、個人的にショックを受けたのを覚えている。
現場の臨床獣医師ならば知らなくてはいけない基礎知識。
こういうものもぜひ勉強してほしい。
今回紹介したのは、特に複数の幼猫を扱う、ブリーダー、ミルクボランテイア、動物保護団体、および猫カフェの方に、ぜひ、FIPのリスクファクターを知っていただきたかったからである。
毎日の必死のお世話や活動の中で、ぜひこのような知識を得たうえで、今後の管理の参考にしていただきたい。
具体的な保護動物の環境やケアのアプローチについて、相談を引き受けています(有料)。
興味のある方はどうかお気軽にご相談ください。
医学の発展と同時に、さらなる動物たちの健康と幸せを願って。
皆さんよいお年をお迎えください。
出典
https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1098612X221118761
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私立獣医大学を卒業して50年。毒性学、毒性病理学の道を歩んできました。70歳を機に退職し、ご近所で地域ネコ活動を熱心にしておられる方と知り合いで、地域ネコ活動のお手伝いをしています。もっぱら、シェルター(ネコ)のお掃除、お世話ですが。犬は飼っていたことがありますが、ネコのことは全く分からず、先生のお話が大変参考になっています。これからも、参考になるお話を楽しみにしています。
ナカムラ様
すばらしいですね!研究、学問、アカデミア系を長年専門とされていたご経験を生かして、ぜひ地域猫の毒殺や虐待について、ご鞭撻いただきたいです!
どうかご無理せず、長くボランテイア活動を続けていただきたいです。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
西山