いとこのTちゃんが、二度と、素手で戦わないように

2020年4月13日アメリカ,新型コロナウイルス

私には、4人、いとこがいる。私は幼少期、札幌で生まれ育ったが、4人は関東に住んでいた。だから、滅多に会うことがなかった。昭和時代、まだ青函トンネルができる前のこと。でも親戚は仲が良く、たまに会いに行くと大歓迎してくれた。

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あれは私が小学5年生の時。叔父叔母の家に遊びに行った時。皆で再会を楽しんでいる時に、いとこの一人のJちゃん(小学1年くらい)が、部屋の中に1匹のクモを見つけて、びっくりして「キャー」と叫んだ。

「あらやだ、ハエたたきどこ?」と大人が言っていると、その時幼稚園男児だったTちゃんが、ストストと前に出て、素手でぱっとクモを捕まえて、そのまま縁側に出て、外にクモを、ぽいっと放してあげた。

大人は、Tちゃん汚い、手を洗ってきなさい、と言い、クモ騒ぎはすぐに終わった。

でも私は、あの時のTちゃんが、あんなに小さい男の子なのに、勇敢に何も恐れずとっさに判断し、そしてクモを殺さず外に出すという、優しさをすごいなと思った。多分、大人が誰も、そうしなさい、と教えて訳ではないのに。あれは彼自身の、とっさの判断だった。

Tちゃんは、ずっと小児ぜんそくがあり、それも結構ひどくて、何度も救急のお世話になった、と叔母さんから聞いていた。でもそんな中、彼はがんばって、医大に合格した。ずっと体が弱かった彼は、医者になって、恩返しをしたいんだろうとな想像し、心が温まったのを覚えている。
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3年前。アメリカのサンデイエゴで、世界規模の呼吸器学会があった。彼は都内の大きな総合病院の、呼吸器科のりっぱな医師になっていた。彼が呼吸器を専攻したと聞いた時、ぜんそくと共に育った彼らしいな、と思った。学会参加のために、忙しい中、サンデイエゴに飛んできた彼に、久しぶりに会って、2人でデイナーを食べた。

話が盛り上がり、2人で夜のサンデイエゴハーバーをゆっくり歩いていると、彼と同僚の学会参加の諸先生が、軽く彼に挨拶をしながら、興味深く私を見て、通り過ぎてゆく。「ねえ、Tちゃん、後から、あの女は誰だったのか、って聞かれたら、何て答えるの?」聞くと、「いとこのゆうこちゃんですって答えるけど」と言う。

「ねえ、それって、すごい下手くそなウソに聞こえるけど」と私が言うと、彼は、そうなの?という顔。まじめで、優しくて、素直ないいお医者さんなんだな、微笑ましかった。

Tちゃんとは年に何回か連絡をとっているけれど、私は心配でたまらなくなり、彼に大丈夫かと連絡をした。病院はどう、マスクガウンはあるのかと。
新型コロナウイルスの患者が入院し、毎日治療に追われて大変だけど、スタッフの皆にもうつらないように、最大限の気をつかっている、という彼らしい配慮の言葉。
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今、医療現場では、世界中で、マスクや消耗品が不足している

今、医療現場では、世界中で、マスクや消耗品が不足しているのはご存じの通り。今、最前線で、実際に新型コロナ患者と接触して、実際にその患者の命を救おうとしている人が、思うようにマスク、消毒用消耗品、防護具が使えないとしたら、どんなに辛いことか。

世の中のすべての人に、すべての関係者にお願いしたい。将来のための買い占めをしないでほしい。特に動物病院に強くお願いする。手術用マスク、グローブ、アルコール、ヒビテン、キャップとガウン、ガーゼ、綿花など、現場の第一線の人にいきわたるよう、ぜひ考えてほしい。アメリカの動物病院も、今、これらが入手が困難で、きびしい選択を強いられている。

私は5才の時のTちゃんが、躊躇することなく、素手でクモをつかんだあの日を思い出す。そして、今、Tちゃんが、あの時みたいに素手で戦うことが、2度とないように願う。

優しくて、責任感の強いTちゃんならば、きっと、どんな過酷な戦場でも、きっと、何も武器を持たずに、たくましく敵に戦いに行っちゃうと思う。

私たちは、全力で、まず何より、第一線で戦う医療関係者を、「自分で買わない」という行動で、守らなくてはならない。

伝染病と第一線で戦う人たちの、医療関係者皆の安全を、心から祈るばかりである。

2020年4月13日アメリカ,新型コロナウイルス

Posted by Dr. Yuko.Nishiyama