犬と猫の帝王切開について 安全に無理なく行えるのは何回まで?
帝王切開とは
犬と猫の出産、および帝王切開について、多くの方から質問を受けました。
以下、臨床獣医師としての私の個人的な考えを述べたいと思います。
帝王切開とは
妊娠している母犬、母猫が、子を出産する時に、膣から出産するのを経腟分娩と呼びます。
一方、外科手術で腹部を切開し、子宮を切って子を分娩する方法を帝王切開手術と呼んでいます。
犬、猫の場合、経腟の正常分娩である場合は、獣医師や動物看護師の立ち合いが行われず、自宅などで、飼い主(あるいはブリーダー)の監視下のもとで行われることが一般的です。
一方、帝王切開は、りっぱな外科手術です。
手術の手法、無菌的操作、麻酔の導入とモニター、覚醒後の個体管理、疼痛管理、術中術後の感染予防など、獣医学知識と熟練したトレーニングが必要です。
それゆえ、帝王切開の手術は、獣医師のみ、施行することが許されており、通常は動物病院で行われます。
帝王切開手術が選ばれる理由
大きく分けて、2種類の帝王切開の手術があります
1つは、正常分娩が期待されていたにもかかわらず、分娩経過が正常ではなく、胎児あるいは母体の生命を維持するためには、帝王切開をしなくてはならない、という場合です。
これを、緊急帝王切開手術と呼びます。
正常に出産することができない状態ですので、緊急に帝王切開をして、胎児を取り上げなければ、母親も、胎児も、死亡してしまう危険があります。
このような緊急時に行われるのが緊急帝王切開です。
陣痛が弱い、胎児の異常な体位などで、胎児が産道から出ることができない、あるいは、母体の体力がなくて弱ってきた、母体に内科的な異常が起こった、など、複数の理由で緊急抵抗切開が選択されます。
もう一つは、計画的帝王切開手術です。
これはあらかじめ、正常分娩が無理であろうと決断された場合に、行われます。
退治のサイズが大きく、物理的に難産が予想される場合、過去に陣痛が弱く、正常分娩ができないと判明している個体、他があります。
帝王切開は、安全な手術ですか?
帝王切開による、母体(母犬、母猫)の致死率は、0から2パーセントと報告されています。
また、胎児の生存率は、一般に、70-90パーセントとされています。
(S. Anthony Kahn, DVM)
もし緊急帝王切開をしなければ、胎児も母体も死亡してしまう可能性を考えると、手術をすることで、胎児と母体を高い確率で救うことができることになります。
帝王切開手術をすると、胎児にも麻酔が影響し、胎児の死亡が問題だと聞きましたが
帝王切開手術のためには、麻酔が必要です。
母体に麻酔をすると、胎児にも麻酔がかかってしまいます。
それゆえ、昔は、なるべく軽く麻酔を導入し、母親が軽い麻酔状態で手術をするということが行われた時代もありました。
しかし、現在では、疼痛管理や痛みのコントロールが発達し、軽い麻酔で帝王切開をすることは、倫理的に受け入れられなくなっています。
現在では、帝王切開手術時には、母体に局所麻酔や、硬膜外麻酔を併用し、母体が痛みを感じることなく、かつ胎児への麻酔影響を最低限に、帝王切開手術を行われるようになってきています。
私自身、過去30年間、臨床現場で帝王切開や様々な外科手術を経験していますが、疼痛管理の分野では、本当に医学の発展は目まぐるしく、どの外科手術でも、安全で、しかも痛みを最低限にした麻酔方法がどんどん開発されて、それが、スタンダードになってきています。
帝王切開手術の合併症は何ですか。
しかし、やはり外科手術ですので欠点もあります。
手術時、および術後の子宮からの出血、子宮内膜炎、腹膜炎、皮膚切開部分の感染、そして疼痛などがあげられます。
また、子宮切開した部分が、その後、腹腔内組織との癒着を起こすこともあります。癒着の程度、部位などにより、生きるのに差支えない程度の癒着から、腸の機能を阻害したり、腎臓や膀胱に影響を及ぼす場合もあります。
帝王切開手術は、何回もやってよいのでしょうか。何回までという医学的な制限はありますか
犬、猫の帝王切開手術を、生涯何回まで、と制限するという科学的なデータはありません。
帝王切開後の回復や、後遺症は、個体差が大きいことなで、一般理論として何回まで、と決めるのは難しいと思います。
一般に、帝王切開手術後、素早く回復できる犬もいれば、母体の体力の回復に、相当な時間を要する個体もあります。
一般論として、犬の出産は、犬のサイズが大きいほど、年齢が若い(1歳から5歳程度)ほど、また妊娠出産した胎児数が少ないほど、そして授乳期間が短いほど、母体の回復が早いとされています。
しかし勿論、例外もあります。
また帝王切開のほうが、正常分娩の時よりも、一般に回復に時間がかかります。
しかし、人間と同じで、どれも個体差が大きいのは事実です。
一度帝王切開の手術をした犬、猫が、再び妊娠することは問題ないでしょう。(子宮破裂など合併症がある場合など一部を除く。)
しかし、母体が完全に回復し、妊娠授乳によって失った体内貯蓄の栄養分を十分に補ってから、再び妊娠するべきです。
帝王切開手術は、一度行うと、子宮の切開部分に瘢痕が残り、その部分の張力がやや弱くなります。また、子宮の切開痕に、腸間膜などが癒着し、さらに次の帝王切開をする時に、出血などのリスクが上がることがあります。
帝王切開手術は、回数を重ねると、手術の難易度が上がり、合併症も起こしやすくなると言われています。ただし、やはりこれも、ケースばいケースでしょう。
帝王切開を何度も行うブリーダーの犬の場合、特殊な技術を用いれば何度行っても問題ない、というのを聞いたことがあります。本当でしょうか
帝王切開の手術手技には、3つの方法があります。
1つは、Y時型をした、2つある犬の子宮のうち、両方の子宮をそれぞれ切開して、子犬を取り出す方法です。
この方法だと、子宮の切開口は、2か所になります。
こちらの方法の場合、子犬を素早く取り出せること、比較的出血が少なく、安全に胎児を取り出すことができるため、最もスタンダードな方法です。
一方、Y時型の子宮の、子宮体部分のみを切開する方法があります。
この場合は、2つの子宮の根本にある、子宮体を切開し、各子宮にいる胎児は、子宮内を動かして、子宮体の切開口から取り出す方法です。
この場合、切開する子宮がかなり肥厚し、出血が多く、止血が難しいという難点があります。また子犬も子宮から動かすため、胎盤から子宮内膜が傷つかないように注意しなくてはなりません。
将来、帝王切開をする犬、猫の場合、この方法で行うと、確かに子宮と腸間膜などの癒着は、避けられるでしょう。しかし、子宮体部分は膀胱と近いために、膀胱マヒや尿失禁、膀胱炎になりやすくなる、という泌尿器疾患のリスクが高くなります。
また、長い子宮の胎児を動かすために、取り出すのに時間がかかる、というのも欠点です。
それゆえ、子宮体を切る方法は、一般には奨励されていません。
3つ目の方法は、帝王切開と同時に、子宮、卵巣も一緒にとってしまう、いわゆる帝王切開―卵巣子宮全摘出の同時手術です。
将来、妊娠を望まない場合は、この方法が一般的で、胎児も安全に取り出せます。
また、不妊手術を一緒にする、このタイプの帝王切開をしても、母親は子犬、子猫に、正常どおりに授乳することができます。
犬や猫は、発情ごとに交配させ、毎回妊娠、出産させても問題ないのでしょうか
犬は年2回、猫は年3回、発情することができると言われています。(気候や日照時間や栄養状態、ブリードによる)。
一般に、獣医師、および責任感のあるブリーダーは、続けて毎回交配出産させるのではなく、少なくとも1年間あけることを勧めることが多いようです。
しかし、中には、犬の偽妊娠や子宮蓄膿症などのリスクを考えて、毎回のほうが逆によい、と言うブリーダーもいます。
結論からすると、毎回続けて妊娠出産させても、大丈夫な個体もあれば、大丈夫ではない個体もいます。
一般的に、大型犬ほど、出産や帝王切開の後の回復が早く、小型犬ほど、時間がかかるというのが、臨床獣医師が一般的に感じている事実かと思います。
科学的なエビデンスがしっかりと報告されている訳ではありませんが、多くの繁殖経験者、そして獣医師は、毎回の発情ごとに出産させることに関して、母体への負担を懸念しています。それゆえ、毎回出産させず、最低でも1年から1年半待ってから、次の妊娠出産を奨励しているブリーダー、獣医師が一般的です。
ロサンゼルスでは、犬猫の繁殖をするのに、繁殖許可を取得しなくてはなりませんが、基本は1年に1回のみ、出産を許可しています。ただ例外的に認める場合もあるようです。
これは、正常分娩の場合も、帝王切開の場合の両方を含みます。
犬の妊娠出産は、何歳までが安全でしょうか
これに関しては、やはり科学的な報告が乏しく、またあっても、局所的なもので、包括的なデータがありません。
業界で一致している意見は、最初の発情(通常1歳未満)の時は、妊娠を避けたほうがよい、ということです。
これは、母体がまだ成長期なので、この時に妊娠すると、母体の健康な成長が阻害、あるいは負担がかかるという理由からです。
しかし、何歳まで安全か、というのは、獣医師もブリーダーも、ある程度意見が分かれています。
こちらも、非常に個体差が多く、犬のブリード、サイズ、体格、妊娠頭数、帝王切開の有無、過去の分娩時間などの複数の要因により、何歳までが安全か、というのが異なってきます。
同じラブラドールでも、同じトイプードルでも、個体差があります。
ただ、一般的には、1歳から6歳くらいまでが「適齢期」であると考えられ、それ以上の年齢の場合は、獣医師と相談した上で、個別に判断するべきと言われています。
こちらは、法律ではなく、ガイドラインや、一般的な奨励として、ブリーダーの集まりやケンネルクラブなどから出ることが多いように思います。
ロサンゼルスでも、昔、シェルターでの安楽死数が多かった頃は、1歳未満、6歳以上の犬では、繁殖許可証を取得するのが難しい時期がありました。
しかし、今年の1月に、行政のシェルターを取材した時は、「今は、子犬の供給が減って、むしろ子犬不足なので、ケースで判断し、高年齢による制限はゆるくしている」と言っていました。
7歳、8歳、9歳でも、問題なく妊娠出産できる犬は確かに存在します。
それゆえ、高齢の犬の妊娠出産に関しては、一律年齢で制限をするのではなく、個体によって判断するのが理想だと感じています。
帝王切開の場合のその他の問題点
その他、帝王切開時に懸念される問題点として、以下があります。
・母体が抗生物質を服用することで、授乳を通して新生児に移行すること。
・母体が鎮痛薬を服用することで、授乳を通して新生児に移行すること。
経験的に、これらは直接の大きなリスクにはなっていないことが分かっています。
しかし、生後間もない新生児が、微量なりとも、母親から抗生物質を服用することで、正常な腸内フローラの形成に悪影響が出るのでは、と昔から問題視されています。
近年多い、アレルギーや腸免疫の問題に関しても、因果関係が懸念されていますが、はっきりと分かっていません。
また、鎮痛薬として一般的な、非ステロイド性抗炎症薬は、術後の痛みにコントロールに優れていますが、微量の薬物が授乳により、新生児に移行します。肝臓、腎臓が未発達な新生児に、ある程度の悪影響があるのではと懸念されます。
かといって、母犬に鎮痛薬を用いないと、術後の回復に時間がかかり、苦痛と体力消耗を助長するので、使用が奨励されています。
数値化の今後
では、今後どうやって数値化を具体化して、悪徳ブリーダーをなくすべきなのか。
答えは簡単ではありません。
今回数値化を進めているのは、法律です。法律は、それに違反すると、勧告、罰金、実刑です。
ということは、法律は、最低基準を明確にする、という意義が大きいと思っています。
最低でも、ここまでは守りましょう。これ以下は、いけません、これ以下だと違法です、という基準を決めることです。
それゆえ、全体としては、あまりきびしくすることができません。
あまり高い基準を法で作ってしまうと、逆に現実性がなくなり、闇での繁殖、裏の繁殖を助長しないかと懸念します。
できれば、アメリカのアニマル・コントロール・オフィサーのように、実際に現場に足を入れ、施設内の一匹一匹の状態を見たうえで、問題なのか大丈夫なのかを判定するべきだと思います。
例え初回の出産でも、ガリガリに痩せている、毛玉やノミだらけ、下痢を治療していない、といった状態が判明すれば、それだけで勧告できます。
そして、ひどい状態で飼育している現行犯の場合は、一時的に動物を保護し、飼い主(あるいは事業主)から離し、センターなどの公的施設で一時保護、手当ができるようにならなくてはなりません。
そしてこれは、繁殖業者だけではなく、動物が複数いる施設全部で実行されるべきです。
動物愛護団体、猫カフェ、ブリーダー、ドッグトレーナー、ホテル、動物病院、すべての施設に、数値規制が適応され、さらに行政による定期的な立ち入り調査がされるべきです。
そして、あまりにも不適当な飼育や環境状態の施設から、即、その場の動物を保護救済するべきです。
これがあって、初めて動物の福祉が守られます。
繁殖回数や、妊娠の間隔などは、将来は、ガイドラインや、専門家の意見、奨励として通達してもよいのでは、と思っています。現場の立ち入り操作と動物保護ができることが前提ですが。
今回の愛護法の数値化、具体化は、まだ第一歩の状態なので、非常に意義が大きく、大きな期待もしています。
今後の長期的な目標として、法の具体化とガイドラインを整備し、動物の一時的救済や、飼い主権のはく奪が実現するようにしたいものです。
長い文章、読んでくださりありがとうございました!
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