猫と中古車とホームレスのお話
最近の私自身の暮らしの出来事を随筆風に書いてみました。
動物愛護に関する情報発信の内容ではありません。
さらに、だらだらと長いです。笑。
お忙しい方は、どうか気にせずスルーしてくださいね。
月曜日の朝7時
私は自宅を出て、フリーウェイ405号を、北に向かって時速65マイルで走っていた。
2日前に洗車専門店で、車の中も外もピカピカにしてもらい、荷物も私物も取り除き、妙にガランと広くなった車内は、なんだか自分の車ではないようで、少し居心地が悪かった。
車内にあるのは、自分のかばんと1杯のコーヒーだけ。
私は今日、15年間愛用してきたこの車を、ある女性に「さしあげる」ことになっていた。
その女性は、ロサンゼルスから、約1時間半の小さなM市に住む、71歳のホームレスの女性である。
猫好きな4人の女性がつながり、車を寄付したという出来事と、私がそこから学んだことを今日は紹介したい。
リズからの電話
リズとはもう、20年以上の長い付き合いになる。
モンタナ州出身の彼女は、猫のTNRや子猫の里親探しを本業とし、副業として不動産の売買の仕事をしていると思っていたが、本人は「本業と副業が逆なんだけど、ユウコ」と、いちおう訂正はしている。
私も以前は、週末ごとにTNRの猫の手術をボランテイアで行い、大規模な犬猫の譲渡会フェアでは、救護室で対応したりで、ボラ仲間がたくさんいた。リズとはとその頃からの友達だ。
お互いの自宅も年齢も近く、とても気が合うことで親しくなり、今でも3カ月に1回くらい、一緒にランチする仲である。
彼女の偉いところは、自分で飼うのは犬1匹、猫2匹までと決めて、プライベートと仕事をきちんと区別しているところ。彼女の家は、どこかの雑誌に掲載できるくらいすっきりし、驚くほどピッカピカである。
そのリズが、先週電話で、いきなり私に質問してきた。
「ねえユウコ。あなたの車、少し大きめのSUVでしょ。明日、車の後ろの荷台のサイズを測らせてくれない?人間が横になって眠れるかどうか知りたいの」
彼女の電話からの第一声は、いつもこんな感じで、とてつもない質問から始まる。だからさほど驚かなかった。
私は笑いながら「猫の捕獲機10個積めます。シートを倒すと、人間もフラットで寝られます。大人1人子ども2人ですでに体験しています」と答えた。
リズは続けて聞いてきた。「ユウコの車、ホンダのパイロットSUVだったよね。誰か、そのくらいの大きいSUV車を、安く売りたいっていう人がいたら、教えてくれる?」
「私のSUV,今まさしく誰かに売ろうと思っていたところよ。昨日私、新車を買ったの。だからもういらなくなったんだけど」
「え?ユウコの車、きれいだし、まだそんなに古くないでしょ?何年もの?」
「15歳。娘よりも年上よ。」
これにはお互いに、「え~!」となった。
10万マイルの思い出
そもそもそんなに長く、この車を使う予定はなかった。
新車でこのSUVを購入した時、9マイルという走行距離メーターは、もう10万マイルを少し超えている。
当時、息子はまだ小学生の低学年、娘は生まれる前。
スポーツカーっぽいのが好きな夫の車は、家族行事での使用には向いていない。男ってどうしてこう、非実用的な車が好きなのか。(私の夫だけ?)
ということで当時は、子供のベビーカーからおもちゃ、家族旅行のスーツケース、猫の捕獲機から日常品の買い出しまで、何でも運べる少し大きめの車が家庭に必要だった。
お陰で、ずいぶん長い間活躍してくれた。毎日の通勤はもちろん、キャンプに、スキー場に、旅行に、家族の思い出をたくさん作り、家族の楽しい時間を運んでくれた。
また当時は足腰の悪いダルメシアンと、猫2匹もいた。この3匹はそれぞれ、晩年闘病生活となり、どこに行くにも一緒の介護生活だったので、SUVが役立った。
私も当時、自分の動物病院の院長で多忙で遊ぶ暇もなく、また4年間日本に住んでいたので、あっという間に15年が過ぎてしまった。その間、一度も事故に会うことがなく、故障もなく、安定したいい車として長く活躍してくれた。
アメリカでは、中古車は個人で売買することが多い。
ブルーブックという、一般的な中古車価格サイトで見てみると、私の車は約5000ドル(50万円ちょっと)で売買できることが分かった。
まあ、悪くないな、ゆっくりと広告だして、誰かに売ろうと考えていた時であった。
リズからの電話は、そんな絶妙なタイミングでやってきたのだった。
ホームレスに車を
リズが車を探している、ということの詳細を話してくれた。
オードリーは、71歳で、昨年から路上で生活をしているホームレスだという。
もともとオードリーは、M市のノラ猫に餌をあげTNRをし、病気の猫の世話をし、子猫を譲渡するということを、ずっと熱心に行っていた。
彼女が家を失ってからは、1994年製のシェボレのセダン車に、犬2匹、猫数匹と住んでいたそうだ。普通のセダンである。寝る時だって、かなり狭いだろう。
その古い車がついに、1カ月前に壊れて廃車となり、彼女は路上生活を与儀なくされてしまったという。
もちろん、ホームレスを扱う行政の窓口があり、ソーシャルワーカーやNPOが彼女に支援をしているが、M市は小さくてシェルターも限られ、彼女が暖かく安全に暮らせる場所は簡単には見つからない。
オードリーは、車中生活になってからも、猫の活動を辞めなかったそうだ。
ノラ猫を捕獲しては、30マイル離れた隣の町までポンコツ車を走らせ、無料TNRクリニックに定期的に連れていった。
その無料TNR クリニックで、ボランテイアで定期的に仕事をしているのが、看護師のアマンダである。
アマンダも、本業が猫のTNRのボランテイアで、副業として、ヒトの総合病院で看護師をしているとリズから聞いた。本当はどっちが本業か、私は知らない。
オードリーが車を失い、路上生活になり、TNRのために猫を連れてこられなくなり、一番心配したのは、この看護師アマンダである。
そしてアマンダが、長年交流のあるリズに連絡をし、「オードリーに車」プロジェクトを立ち上げ、寄付金を集め出したのだった。
オードリーには住む家が必要だけど、とりあえず、猫仲間ができる事は、車を彼女に寄付すること。
そうすることで、オードリーは少なくとも車内で眠り、移動し、唯一の生きがいである猫の保護も続けることができるようになる。
そのためには、セダンではなく、大き目のSUV 車がよいだろう。
でもSUV車は、中古車屋で買ってもどれも数千ドル以上する。どれだけ寄付金を集められるか。。
大きくてなるべく安いSUVはどれか。
リズはいろいろリサーチしていたのだった。
4人の猫好き女性の合流
バドワイザーのビール工場が見えてきたところでフリーウェイを降り、大通りを左折した。
さらに西に数マイル走り、指定された総合病院の駐車場に着いた。
そこで、ホームレスのオードリー、私の友達のリズ、看護師のアマンダ、そして私の4人が合流した。
アマンダはM市に住み、その朝、オードリーを連れて一緒にやってきた。
アマンダはそこで、「じゃ、私はこれから仕事なので」と言って、病院のビルに消えていった。
リズも、私も、オードリーとは初対面である。
オードリーは、ごく普通の、どこにでもいそうな、初老の白人のおばさんだった。
軽くお化粧もしていた。
案外、実際の年齢よりも若く見えた。
服装もバッグも、特に汚い訳ではなく、ちょっとスーパーに買い物に行きます、というような身だしなみで、金髪の髪を軽くゴムで縛り、背筋を伸ばして立っていた。
そこから、オードリー、リズ、私の3人で、陸運局の窓口に行き、車の名義変更をした。
いわゆる、車の個人売買の手続きだけど、今回私は、無料で寄付するという形になる。
売買時に発生する税金逃れのために、寄付を装う人がいるので、政府側はこのチェックが比較的きびしい。
しかし、不動産の売買が副業のリズは、そのあたりを入念に調べ、事前にいくつかの書類を用意し、問題なく名義変更を終えることができた。
おめでとう、ということで、近くのマクドナルドに立ち寄り、マックコーヒーを買い3人で乾杯した。
ホームレスになって勉強になった
コーヒーを飲みながら、オードリーがいろいろ語りだした。
ホームレスになっていなかったら、私はただの、無知な猫おばさんで一生そのままだっただろう、と彼女はぽつりと言った。
ホームレスになり、本当の友は私を見守ってくれ、私から去っていった長年の友もいた。
ホームレスになって、本当に人の温かさと優しさを学ぶことができた。
ホームレスになって、私には、猫をTNRすることが、生きていくうえで必要なのだと自覚した。
オードリーは、実は、皆が想像するような、アルコールやドラッグ、ギャンブルや犯罪などで人生をダメにした人ではない、というのを知った。
彼女はお酒もたばこもしない、ごく普通のママであったと言う。
小さいながら、昔彼女には、郊外に家があり、夫があり、子供がいた。
夫が浮気して女と去った後、パートで働きながら、少し発達障害のある娘を育てる毎日。
毎日毎日、近くの公園の猫に餌をやり、TNRをし、ボランテイアで譲渡会にも出るオードリー。
時には猫友達とランチをし、普通に人生を楽しんでいたという。
ごく普通の頑張るママさんであり、猫愛護家であり、彼女にドラッグもアルコールも犯罪も一切関係なかった。
ところが、再婚予定だった婚約者と一緒に生活し、しばらくすると家庭内暴力がエスカレートしてきたという。
暴力に何年も耐えた後、オードリーはある日、何も持たずに家を飛び出すことになる。娘さんはその時はすでに自立して一緒に住んでいなかったそうだ。
なぜすぐに逃げなかったのか。
それは公園で猫に餌をあげる人がいなくなったら、猫が飢え死にするから、それを心配してなかなか決心がつかなかったと彼女は言った。
公園の猫のために、毎日地獄のような暴力に、彼女は長年、耐え続けてきたのだ。
でもある日、ついに家を飛び出し、北の街に向かい、そこでとりあえず女性シェルターに入り、その後安アパートを借りて新生活を始めた。
しかし、12日間だけ拘留された婚約者が釈放されると、怒りをさらに倍増させ、執拗に彼女を追いかけて、強迫や嫌がらせなどを行うようになる。
彼女は逃げるように安アパートを転々とし、住む街も変え、自分の名前も正式に変え、犬2匹、猫数匹と一緒に、夜な夜な彼から逃げ続けることになる。
もともと貯金もほとんどない。
正社員として仕事をしたことがないので、社会保障や年金もわずかである。
彼女はそうしてホームレスになり、車上生活を数年続けた後、先月車も失ったということだった。
弱い人に手を
一般論として、ホームレスにお金を求められても、渡してはいけないと言われている。
またすぐにドラッグなどを買い、結局ホームレス者を支援することになるからとされている。
そういう意味で、リズやアマンダの支援は正しいと言える。
まずは生活の糧となる車を得る事で、彼女は自分で移動し、情報収取できるようになる。
社会保障や人権団体からの支援の申請も自分から行える。
生きがいである猫の餌やり保護も、彼女なりのペースで行うことができる。
カウンセラーや教会に行くこともできるし、アマンダのような猫友達と時間を持つこともできる。
ちなみにロサンゼルスでは、ホームレスには無料のスマホが配られ、携帯会社が通信費を無料提供している。
緊急時には警察を呼べるし、無料のフードサービスなどの情報を得るには必須のアイテイムだ。
世の中には、オードリーのような、社会的に弱い人が存在する。
何かの拍子に、社会から、ストンと落ちてしまい、生きるのに大変な思いをする人たちである。
それは、ドラッグや犯罪などと関係することもあれば、全く関係なく、ある日どこからともなくやってくるのかもしれない。
どんなにりっぱな人でも、誰もがある時、なりうるものなのだ。
災害被災者、交通事故被害者、犯罪被害者、不治の病、障がい者、詐欺被害者、
貧困、離婚、DV、うつ病、ネット中傷、コロナ破産。。
いろんな人がいろんなことをきっかけに、ふとしたことから弱い立場になり、生きていくのが大変になることがある。
人の助けが必要になる事がある。
理由はどうであれ、そういう社会の弱者を、偏見で冷たくするのは辞めなくてはいけない。
むしろ、このような人達ほど、ペットへの愛情、ペットからの愛情を必要としていることもある。
日本もアメリカも、社会制度はすべての弱者を救えていない。
だからこそ、困っている人がいるのならば、ヘルプできる人は、少しでもヘルプしてあたい。
自分ができる小さなことでいいから。
何も知らず、偏見だけでその人を、犯罪者、社会的脱落者、精神異常者であると思うべきではない。
弱者を相手にいじめたり、わざと困ることをする人が、世の中にどれだけ存在することか。
神社のお守り
私はオードリーに言った。
「これは昔、東京の神社で買ったお守りなの。15年間、ずっとこの車のダッシュボードに入れておいたら、事故にも会わず、私たち家族の幸せを守ってくれた。このままこれは、ここに入れておきますね。きっとあなたにも、ご利益があるように」。
一瞬、オードリーは涙ぐみ、ありがとうと言った。
それから、名義変更が住んだSUVをオードリーが運転し、私が助手席に乗り、街の中を数マイル一緒にドライブした。
その後ろを、リズの車が追った。
バドワイザーのビール工場のところで、私たちは車を路上に停めた。
ここでお別れである。
オードリーは、私に丁寧に、Yuko, may I hug you? と聞いてきた。
私は何の躊躇もなく、オードリーと20秒間、しっかりとハグをした。
ふわりと暖かく、やさしい匂いがした。
この時ばかりは、コロナなんて関係なかった。
彼女も私も、ちょっと涙ぐんだ。それを見守っていたリズも、ちょっと涙ぐんだ。
私はリズの車に乗り移り、405号を南に、ロサンゼルスへ向かう。
オードリーはSUVと南に、M市へ。
高速道路に乗るために左折したSUVの中で、少し微笑んで、うれしそうなオードリー横顔がちらっと見えた。
リズの車の中で、私は思った。
たった一人でアメリカに来て、私は人生の中で、何人の人にヘルプしてもらい、何人の人から優しく応援してもらい、勇気づけられたことか。
私がいらなくなった車をオードリーに寄付することは、彼女のこれからの人生に、大きく役立ってくれるならば。本当にそれだけで心からうれしい。
しばらくしてリズが、運転しながらポツリと言った。
「モンタナの田舎から何も持たずに1人で都会にやってきてから、私もいろんな人にヘルプしてもらったなーって、思い出しちゃうわ」と。
2人とも同じようなことを、同じ車の中で、それぞれ思い出していたなんて。
オードリー、看護師アマンダ、アマンダから猫仲間のリズ、そしてリズから私へ、偶然なのか何なのか、つながりができて、このプロジェクトはとりあえず成功に終わった。
猫はイタズラが好きなので、きっとどこかで、私たちがつながるようにしたのかもしれないね、とリズと2人で笑った。
リズの車の後部席から、空っぽの猫の捕獲機が、カタカタと小さな音たてていた。
ひょっとしたら見えない猫が、イタズラが成功し、クスクスと笑っている声かな?と、一瞬思った。
フリーウェイ405号の坂を下りながら一望すると、今日のロサンゼルスは珍しく空気が澄み、はるか遠くのビーチまで見事に一望できる美しさだった。
注意
ストーリーは実話ですが、登場する人物は、プライバシー保護のため、仮名を使用しています。ご了承ください。
ディスカッション
コメント一覧
福岡の瀬野佳子と申します。
以前大変お世話になった時期がありましたし、一度はロスのご自宅にお邪魔したこともありましたけれど、親の介護や子猫の世話などに追われるようになってからはご連絡する機会もなくなってしまいました。
あれからもう何年経ったのでしょうか….老猫の腫瘍のサプリメントを探そうとしてたまたまこの西山さんのブログに遭遇し、当時携わっていた活動のことなどが思い出されたりして、暫く時間をかけて忘れて懐かしさに浸ってしまいました。
(あぁ、楽しかった。)
”猫と中古車とホームレス”
しみじみ読ませていただきました。
ロサンゼルスではホームレスの人たちにはスマートフォンが支給され、通信料金は携帯会社が見てくれる。これは本当に重要ですね。早速福岡市に要望を出そうと思いました。
またご連絡させていただきます。
瀬野様。お久しぶりです!ご連絡ありがとうございます。
相変わらずご活躍されている様子、うれしく拝見しました。
はい、ホームレスの方は、路上生活、車上生活なので、危険が隣り合わせですし、
食事の配給などの情報なども、スマホで得るようです。
スマホは、私たち一般市民が使い古したものです。
まだまだ使えるスマホを、使わなくなる人が多い時代ですからね。
暖かいメッセージをありがとうございました。
またぜひ、近況をお知らせください。
西山
素敵なお話が胸に沁みました。
シェアさせて下さい。ありがとうございます♥
マックスママさん
ありがとうございます。