猫のFIP新薬について

2020年4月13日動物愛護,獣医療・ペット

猫のコロナウイルス、伝染性腹膜炎のことについて

猫のコロナウイルス、伝染性腹膜炎のことについて、複数の方から質問を受けました。これは、今流行している、ヒトの新型コロナウイルスとは全く別の話です。猫にのみ発症する病気ですので、お間違いのないように。

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「猫の保護活動をしています。多くの猫を譲渡してきましたが、やはりFIPで命を落とす猫がどうしてもいます。最近、中国からのFIPの特効薬があると知りました。ネットでは、実際に使用した方が効果があったと言っており、完治したとの情報も目にします。アメリカでは、FIPの新薬の使用は、どの程度一般的なのでしょうか。なにせとても高く、私たちのような保護活動をしている団体には、とても手が出ません。ゆう子先生は、FIPの新薬について、お勧めしていますか?。治る病気なのに、治療費のために高くて治してあげられない、という気持ちで、心が折れそうです」
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Aさんへ。
どんな病気もそうですが、どの方法で、どう治療するかは、主治医である獣医師とよく相談して、最終的には自分で決めることです。それが飼い猫であっても、保護猫であっても、基本は同じです。
FIPは少し前までは、不治の病でした。いったん発症したら、治らないとされていましたが、近年の医学の進歩で、治療というオプションが増えました。

ただ、このFIPの治療オプションについて、ぜひ考えていただきたい事と、注意事項がいくつかありますので、説明しますね。
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本当にFIPなのか。

FIPはそもそも、診断が簡単ではない病気です。近年はPCR検査もあり、比較的簡単に検査はできますが、どの検査をどういうタイミングで行い、どう解釈するかは、獣医師が注意深く行ってから、FIPの診断を下します。

具体的には、シグナルメント、臨床症状と経過、血液検査(CBCと生化学)、コロナの抗体検査、PCR検査、さらに腹水の検査や細胞診、画像診断など、多岐にわたります。まず何よりも、FIPであると確定診断をすることが、第一歩です。

アメリカの専門医の間では、新薬によって猫のFIPが完治したという報告の中に、実はそもそもFIPではなかったという例があるのではと、指摘しています。

また、FIPであっても、統計によると5%の猫は1年以上生存します。インターネットで見る、「効いた」という結果は、もともとFIPではなかった猫、あるいはもともと延命した猫も含まれているかもしれません。
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新薬の認可について。

現在、アメリカでも日本でも、猫のFIPの治療薬については、公的機関が認可をしておりません。よって、販売元の中国から、個人輸入で入手することになります。

個人輸入は合法であると聞いていますが、ここで問題にしたいのは、公的な機関が認可していない薬を、自分の猫に使用する、ということのリスクです。

GS441524(中国で発売中のFIP新薬の成分)は、実験レベル、臨床実験レベルでは、猫のFIPに対して、治療効果が認められてることは、すでに発表されており、効果に対しては、誰も否定していません。効果は十分に期待できます。

しかし、公的機関は薬が本当に効くか、効かないか、だけを見ているのではありません。効果があっても、本当に安全なのか、短期的、長期的に発生する副作用には、どのようなものがあり、どのくらいの頻度なのか。

薬を扱う人(猫に与えるために人がそれを手で触れます)に対する被害がないか。治療を受けた猫から排出された糞尿が、環境に残存し、環境汚染につながる問題がないかどうか。多くをきびしく調べます。

薬の純度や、薬の安定性も、発売されるすべての薬で、一定レベルでなくてはなりません。さらに、使用量や、使用期間について、能書の指示が適切でなくてはなりません。何を基準に、体重あたりの使用量を決めたのか。何を基準に、84日間連続投与という使用期間を謳っているのか。そこにサイエンスがなくてはなりません。

認可を受けていない薬というのは、効く、効かないだけではなく、これらのすべてに関して、不明であるということです。認可を受けていない薬は、例え純度が悪くても、実際より低い量の成分しか入っていなくても、輸送途中で不純物が入っても、腐っても、自己責任ということです。
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獣医師の責任

アメリカでは、FIPの新薬を個人輸入して、治療をしている人は、ごくわずかです。おそらく、高価でも自分のFIP猫のために、何とか治療したいと希望をする飼い主は多くいると想像しますが、治療に協力をする獣医師が、ごくわずかだからです。

獣医師は、例えインフォームコンセントして、免責事項を明らかにしたとしても、政府が認可していない薬での治療に協力することの、社会的責任、倫理的責任を懸念しています。
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標準治療ではない治療

獣医師も、飼い主様も、治療オプションを考える時に、それが標準治療か、それ以外か、というのをまず考慮しなくてはなりません。FIPの標準治療は、対症療法です。すなわち、脱水、低栄養、血管炎、腹水胸水といった、臨床症状を治療し、痛みを緩和するという治療です。よって、多くは数週間で死亡します。

標準治療は、すべての獣医師が奨励する方法です。標準治療外のものは、基本は、獣医師は奨励しません。ただ、飼い主様と話し合ったうえで、合意した上で、取り入れる場合があります。

日本の場合、ヒトの医療は、健康保険制度があり、これがある程度、標準治療を形づけていると思います。獣医界には全国健康保険がないので、どこまでが標準治療か、主治医によく確認してください。

FIPの新薬の治療に関して、一般的に獣医師が勧めていないのは、標準治療ではないからです。もちろんオプションの一つとして話すことはあるでしょう。決定は、話し合いの上で行ってください。

今、FIPの新薬のアメリカ内での開発が、少しづつ進んでいます。いつの日か、ちゃんと認可をとった、普通の値段のFIP新薬が販売になれば、FIPのウイルス治療薬も、標準治療となることでしょう。その日も遠くないかもしれません。
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保護動物のFIP

さて、ご相談のAさんの、保護動物の場合。愛護団体に保護され、募金やボランテイアの手で世話をされる保護動物は、「社会共有の財産」です。利益を求めない慈善団体や個人が保護し、寄付金で運営費を賄い、健康な猫をコミュニテイーに送るというりっぱな社会貢献です。

毎日自分で世話をしていると、自分の猫のように愛着がわくでしょうが、保護動物は個人が所有する動物と違います。私は、保護動物の医療は、基本、標準治療までであるべきだと考えています。

1匹の猫に、標準治療以上の医療費を費やすことは、その子の命は救うかもしれませんが、その1匹の治療に費やすお金と時間で、他の何匹かの健康な猫を保護し、ワクチンや不妊去勢手術をする、という最もコアなことが、できなくなります。

1匹に時間とお金を費やすタイプの保護活動は、より高い確率で、運営が成り立たなくなる、という報告も出ています。社会活動としての基本的保護活動を、しっかりと行ってください。

それでもどうしても、この子たけは特別に治療をしたい、救いたいと思う場合もあるでしょう。その場合は、いったん、愛護団体所有という枠から出して、個人が所有する自分の猫にするべきです。その上で、自分が所有した動物として、自分のお財布から治療費、個人の時間としての治療時間を捻出してください。
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予防

今のところ、FIPの治療は、高額なお金と未知の副作用というリスクを伴わなければできません。しかし、私たちは、FIP猫の悲劇を予防する術を知っています。FIPは、ある種の条件が重なることで、多発します。FIPのリスクファクターは、専門委員会からすでに公表されています。まずは、FIPを予防することに、全力を尽くしてください。

FIPリスクファクター(一部抜粋) 慢性の下痢、消化管寄生虫、多頭飼育、特に年齢の違う猫との同居、早い時期のワクチン、早めの離乳、ステロイドの使用、同腹の猫以外とのトイレの共有、などなど。
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Aさん、今の保護活動で十分りっぱな活動です。どうか胸をはって、これからも猫たちを救ってください。

FIPコロナも、新型コロナも、1日も早く、この世からなくなってほしい。そう切に願いながら、書きました。シェアはご自由にお貼りください。転用はご連絡ください。

文責 西山ゆう子

2020年4月13日動物愛護,獣医療・ペット

Posted by Dr. Yuko.Nishiyama